Câu 1: 問題1___の言葉の読み方として最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
1.この説は、鈴木氏が30 年前に初めて唱えた。
A. たたえた
B. となえた
C. かなえた
D. うったえた
Câu 2: 2.この地域における主要な産業の変遷について調べた。
A. へんさん
B. へんさい
C. へんせん
D. へんせい
Câu 3: 3.藤さんの日々の努力は尊敬に値する。
A. ちする
B. ねする
C. ちょくする
D. あたいする
Câu 4: 4.応募は随時受け付けています。
A. じゅうじ
B. ずいじ
C. すいじ
D. しゅうじ
Câu 5: 5.優勝を目指してこれからも練習に励んでいきます。
A. はげんで
B. およんで
C. いどんで
D. しのんで
Câu 6: 6.決勝の素晴らしい試合に観客は興奮した。
A. こうふん
B. きょうふん
C. きょうぶん
D. こうぶん
Câu 7: 問題2( )に入れるのに最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
1.何度も交渉した末に、ようやく両社は( )して、契約が成立した。
Câu 8: 2.鈴木選手の活躍は、テレビや新聞など、様々な( )で紹介された。
A. データベース
B. コミュニケーション
C. メディア
D. スクリーン
Câu 9: 3.来週の研修会への参加は、( )はしませんので、希望者の申し込んでください。
Câu 10: 4.高橋さんは明るくて( )だから、そんな細かいことは気にしないと思うよ。
A. あざやか
B. おおらか
C. すみやか
D. ささやか
Câu 11: 5.この歌は、子供からお年寄りまで( )年齢層に親しまれている。
A. 分厚い
B. 幅広い
C. 広大な
D. 重厚な
Câu 12: 6.この小説の主人公は、非常に感情の( )が激しい人物だと思う。
Câu 13: 7.森さんは、その話を聞いた時は動揺していたが、次第にいつもの冷静さを( )。
A. 引き寄せた
B. 呼び込んだ
C. 取り戻した
D. 受け入れた
Câu 14: 問題3___の言葉に意味が最も近いものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
1. 林さんは必死に弁解していた。
A. 考えて
B. 反論して
C. 謝って
D. 言い訳して
Câu 15: 2. 今日の会議で提案された企画はありふれたものが多かった。
A. 平凡な
B. 特殊な
C. 幼稚な
D. 複雑な
Câu 16: 3. 高橋さんはどんな事態にも、うろたえずに対処した。
A. 嫌がらずに
B. 慌てずに
C. 怒らずに
D. あきらめずに
Câu 17: 4. 鈴木さんの一言が問題解決の糸口になった。
A. ストップ
B. マイナス
C. ヒント
D. アドバイス
Câu 18: 5. 昨夜、佐藤さんがふいに訪ねてきた。
A. わざわざ
B. 久しぶりに
C. 再び
D. 突然
Câu 19: 6. あの人は誇張して話すことが多い。
A. 積極的に
B. 自慢して
C. 大げさに
D. 大ざっぱに
Câu 20: 問題4次の言葉の使い方として最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
1. 辞任
A. 森氏は熟慮の末、市長に立候補することは辞任したいと申し出た。
B. 高橋選手は、今期で現役を辞任し、今後は後輩の指導に携わるそうだ。
C. 初めて出演する舞台で主役に選ばれたが、けがをして辞任するしかなかった。
D. 社長は会見を聞き、今回の問題の責任をとって辞任する意向を表明した。
Câu 21: 2. 帯びる
A. これは様々な機能を帯びる携帯電話で、録音や音楽の再生などが可能だ。
B. この計画は、最初はちょっとしたアイディアだったが、ようやく現実味を帯びてきた。
C. 佐藤さんは栄養士の資格を帯びていたことが有利になり、現在の職を得たそうだ。
D. 鈴木氏が個人で始めた商店は、現在500 人の社員を帯びる企業に成長した。
Câu 22: 3. 軌道
A. 私は大学を卒業するまで、両親が決めた軌道に沿って歩いてきただけだった。
B. 部長から、出張中に軌道から外れた行動をとる時は、必ず報告するように言われた。
C. 景気がさらに悪化したため、経営を縮小する方向に軌道を修正することにした。
D. 新商品の開発実験は、前回とほぼ同じ軌道を通ってきたが、今回は異なる結果となった。
Câu 23: 4. 思い詰める
A. 息子は初めての海外旅行が楽しみで、毎日思い詰めているようだ。
B. 林さんは何かに深く悩んでいるようで、ずっと思い詰めて表情をしている。
C. この数学の問題は難解で、一生懸命思い詰めるが、どうしても解けなかった。
D. 親友の誕生日を祝って、思い詰めて作ったケーキなので、喜んでもらえてよかった。
Câu 24: 5. もはや
A. 現代の広告業界において、これまでの手法はもはや通用しないだろう。
B. 多くの研究者がこの仮説を証明するため、もはや検証を続けている。
C. 鈴木氏はもはや高校教師だったが、現在は作家として活躍している。
D. 生産体制が改善されれば、商品の不足状態はもはや解消される見込みだ。
Câu 25: 6. はなはだしい
A. 近年のはなはだしい国際化にともない、人々の海外への関心が急激に高まっている。
B. あの俳優は、演技はもちろん人柄も魅力的なので、最近、人気がはなはだしい。
C. 体力が十分に回復するまで、はなはだしい運動は避けるように医者から言われた。
D. この辺りの建物はかなり老朽化が進んでおり、破損や劣化がはなはだしい。
Câu 26: 文法 問題1次の文の( )に入れるのに最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
1.宿題がない大人が羨ましいと子供に言われたが、( )大変なことがいろいろあるのだ。
A. 大人は大人で
B. 大人が大人に
C. 大人より大人で
D. 大人から大人に
Câu 27: 2.祖母は、昔、幼稚園の先生を( )、昔話や童話をたくさん知っている。
A. していたからには
B. していたとは
C. していたところ
D. していただけあって
Câu 28: 3.私の会社では、どんな理由があろうと、業務に関するデータや資料を社外に持ち出すことは、( )認められていない。
A. いっさい
B. むしろ
C. かならず
D. どうしても
Câu 29: 4.旅行先で、きれいな海に感動して写真を何枚も撮っていたら、地元の人に不思議そうな顔をされた。あんなにきれいな海も、地元の人( )日常の風景なのだろう。
A. からして
B. といっても
C. にしてみれば
D. はともかくとして
Câu 30: 5.(パーティーで) 石川「あ、山下さんはX 社にお勤めなんですね。今度、田中さんが社長になるそうで。」 山下「え、石川さん、田中とお知り合いなんですか。」 石川「ええ、前に仕事で大変お世話になったことがあって、よく( )よ。」
A. 知っていただけです
B. 存じ上げています
C. お目にかかれます
D. お会いになっています
Câu 31: 6.来週、歯医者で歯を抜くことになった。( )そうしたいが、もうほかに方法がないらしい。
A. 抜かずにいると
B. 抜かずにいることで
C. 抜かずに済むのだから
D. 抜かずに済むものなら
Câu 32: 7.彼は最近忙しいので、頼んでも、無理だと( )が、一度は頼んでみようと思う。
A. 言わせる始末だ
B. 言わせるということだ
C. 言われるに決まっている
D. 言われるまでになる
Câu 33: 8.山田「ねえ、この料理、木村さんが作ったの?」 木村「うん。」 山田「とってもおいしい。今度作り方教えて。時間があるとき( )。」
A. がいいし
B. でいいから
C. ならいいのに
D. でもいいけど
Câu 34: 9.A 大学では昨年カリキュラム改定が行われたが、それによって、本当に教育の質が向上している( )。私はそうは思わない。
A. といえるだろうか
B. といえないではないか
C. べきではないだろうか
D. べきであるか否か
Câu 35: 10.先月、自分のミスで試合に負けてしまい、落ち込んでしばらく練習に集中できなかった。だが、( )と思い、また練習を一生懸命やることにした。
A. 落ち込みもしない
B. 落ち込むわけではない
C. 落ち込んでいたことは否めない
D. 落ち込んでばかりいても始まらない
Câu 36: 問題2次の文の_★_に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
1.社内で発生したシステムトラブルに関し、担当者から、原因を特定 ___ ___ ★ ___ 報告があった。
A. 必要がある
B. との
C. 詳細な調査をする
D. には
Câu 37: 2.私がどんな困難に遭っても ___ ___ ★ ___ にほかならない。
A. サッカーを続けてこられたのは
B. それに負けることなく
C. 仲間がいたから
D. 信頼できる
Câu 38: 3.10 年ぶりに故郷に帰ったら、大規模な再開発が行われていて驚いた。昔の ___ ___ ★ ___ 不思議な感覚だった。
A. 私にとっては
B. どこか知らない
C. 町の様子しか知らない
D. 町に来たかのような
Câu 39: 4.親友と喧嘩したその日は、謝ってきても ___ ___ ★ ___ 気持ちもあったけど、次の日には仲直りした。
A. なんて
B. やる
C. 許して
D. もんか
Câu 40: 5.映画「プレゼント」について、監督は、大人の ___ ___ ★ ___ と語った。
A. アニメ映画を
B. 作った作品
C. と考えて
D. 観賞にたえるような
Câu 41: 問題3次の文章を読んで、文章全体の内容を考えて、(1)から(5)の中に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
ずっと刻まれる「母の愛」
友人からの深夜の電話。彼女は息子の小1のときのクラスメートの母親で、いわゆるハハ友である。お寿司屋さんの彼女とは家族ぐるみの付き合いで、もう20年以上が経つ。仕事を持つ私たちが自分の時間を持てるのは、決まって深夜。いつも真夜中にいろいろなことを話し、助け合いながら生きてきた。 ..①..息子が一人暮らしを始めた。育ち続けるのだそうお祝いを兼ねてアパートを訪ね、夕食を作り、洗濯をし、汗だくになって真新しいカーテンをつけ終えたという、そして帰る母親に彼は一言「じゃあね」。その「じゃあね」に頭にきたと。なぜ、「お母さんありがとう」と言えないのだ。..②..と、寂しくなったという。
彼女自身は幼い頃に両親が離婚し、父親の元で育ち、中学から家事一切を任されていた。彼女の洗濯物のたたみ方は今でも見ていて美しく、気持ちがいい。子供たちにはできる限りのことをしてあげたいと、いつも一生懸命やってきたという。「それでいいんだよ。」そう答えながら、私には突然、自分が7歳のときの光景が蘇った。
..③..、私の母も働いていた。ある日、初めて友人が家に遊びに来ることになり、前の晩一緒にお風呂に入りながら、母にそのことを告げた。「明日ね、○○チャンと○○チャンと…」。母は黙って..④..。翌日帰宅すると、テーブルの上の紙皿に、人数分の数種類のお菓子がきれいに並べられていた。手作りのケーキや高価なお菓子でもなんでもないけれど、私は自慢げにみなに言った。「さあ、おやつですよー」。
そうなのだ。愛情は突然蘇り、胸いっぱいに広がり、生き続けるものなのだ。彼女の息子への愛も、これからずっと彼の心で..⑤..。
(大竹しのぶ 朝日新聞2013年7月19日付夕刊による)
①に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A. 私の
B. そんな彼女の
C. クラスメートだった
D. そのゆうじんだった
Câu 42: 問題3次の文章を読んで、文章全体の内容を考えて、(1)から(5)の中に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
ずっと刻まれる「母の愛」
友人からの深夜の電話。彼女は息子の小1のときのクラスメートの母親で、いわゆるハハ友である。お寿司屋さんの彼女とは家族ぐるみの付き合いで、もう20年以上が経つ。仕事を持つ私たちが自分の時間を持てるのは、決まって深夜。いつも真夜中にいろいろなことを話し、助け合いながら生きてきた。 ..①..息子が一人暮らしを始めた。育ち続けるのだそうお祝いを兼ねてアパートを訪ね、夕食を作り、洗濯をし、汗だくになって真新しいカーテンをつけ終えたという、そして帰る母親に彼は一言「じゃあね」。その「じゃあね」に頭にきたと。なぜ、「お母さんありがとう」と言えないのだ。..②..と、寂しくなったという。
彼女自身は幼い頃に両親が離婚し、父親の元で育ち、中学から家事一切を任されていた。彼女の洗濯物のたたみ方は今でも見ていて美しく、気持ちがいい。子供たちにはできる限りのことをしてあげたいと、いつも一生懸命やってきたという。「それでいいんだよ。」そう答えながら、私には突然、自分が7歳のときの光景が蘇った。
..③..、私の母も働いていた。ある日、初めて友人が家に遊びに来ることになり、前の晩一緒にお風呂に入りながら、母にそのことを告げた。「明日ね、○○チャンと○○チャンと…」。母は黙って..④..。翌日帰宅すると、テーブルの上の紙皿に、人数分の数種類のお菓子がきれいに並べられていた。手作りのケーキや高価なお菓子でもなんでもないけれど、私は自慢げにみなに言った。「さあ、おやつですよー」。
そうなのだ。愛情は突然蘇り、胸いっぱいに広がり、生き続けるものなのだ。彼女の息子への愛も、これからずっと彼の心で..⑤..。
(大竹しのぶ 朝日新聞2013年7月19日付夕刊による)
②に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A. 「じゃあね」はないだろう
B. 「じゃあね」も言えないのか
C. 「じゃあね」とは言っただろう
D. 「じゃあね」じゃなかったのか
Câu 43: 問題3次の文章を読んで、文章全体の内容を考えて、(1)から(5)の中に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
ずっと刻まれる「母の愛」
友人からの深夜の電話。彼女は息子の小1のときのクラスメートの母親で、いわゆるハハ友である。お寿司屋さんの彼女とは家族ぐるみの付き合いで、もう20年以上が経つ。仕事を持つ私たちが自分の時間を持てるのは、決まって深夜。いつも真夜中にいろいろなことを話し、助け合いながら生きてきた。 ..①..息子が一人暮らしを始めた。育ち続けるのだそうお祝いを兼ねてアパートを訪ね、夕食を作り、洗濯をし、汗だくになって真新しいカーテンをつけ終えたという、そして帰る母親に彼は一言「じゃあね」。その「じゃあね」に頭にきたと。なぜ、「お母さんありがとう」と言えないのだ。..②..と、寂しくなったという。
彼女自身は幼い頃に両親が離婚し、父親の元で育ち、中学から家事一切を任されていた。彼女の洗濯物のたたみ方は今でも見ていて美しく、気持ちがいい。子供たちにはできる限りのことをしてあげたいと、いつも一生懸命やってきたという。「それでいいんだよ。」そう答えながら、私には突然、自分が7歳のときの光景が蘇った。
..③..、私の母も働いていた。ある日、初めて友人が家に遊びに来ることになり、前の晩一緒にお風呂に入りながら、母にそのことを告げた。「明日ね、○○チャンと○○チャンと…」。母は黙って..④..。翌日帰宅すると、テーブルの上の紙皿に、人数分の数種類のお菓子がきれいに並べられていた。手作りのケーキや高価なお菓子でもなんでもないけれど、私は自慢げにみなに言った。「さあ、おやつですよー」。
そうなのだ。愛情は突然蘇り、胸いっぱいに広がり、生き続けるものなのだ。彼女の息子への愛も、これからずっと彼の心で..⑤..。
(大竹しのぶ 朝日新聞2013年7月19日付夕刊による)
③に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A. また
B. たとえば
C. 当時
D. 今度は
Câu 44: 問題3次の文章を読んで、文章全体の内容を考えて、(1)から(5)の中に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
ずっと刻まれる「母の愛」
友人からの深夜の電話。彼女は息子の小1のときのクラスメートの母親で、いわゆるハハ友である。お寿司屋さんの彼女とは家族ぐるみの付き合いで、もう20年以上が経つ。仕事を持つ私たちが自分の時間を持てるのは、決まって深夜。いつも真夜中にいろいろなことを話し、助け合いながら生きてきた。 ..①..息子が一人暮らしを始めた。育ち続けるのだそうお祝いを兼ねてアパートを訪ね、夕食を作り、洗濯をし、汗だくになって真新しいカーテンをつけ終えたという、そして帰る母親に彼は一言「じゃあね」。その「じゃあね」に頭にきたと。なぜ、「お母さんありがとう」と言えないのだ。..②..と、寂しくなったという。
彼女自身は幼い頃に両親が離婚し、父親の元で育ち、中学から家事一切を任されていた。彼女の洗濯物のたたみ方は今でも見ていて美しく、気持ちがいい。子供たちにはできる限りのことをしてあげたいと、いつも一生懸命やってきたという。「それでいいんだよ。」そう答えながら、私には突然、自分が7歳のときの光景が蘇った。
..③..、私の母も働いていた。ある日、初めて友人が家に遊びに来ることになり、前の晩一緒にお風呂に入りながら、母にそのことを告げた。「明日ね、○○チャンと○○チャンと…」。母は黙って..④..。翌日帰宅すると、テーブルの上の紙皿に、人数分の数種類のお菓子がきれいに並べられていた。手作りのケーキや高価なお菓子でもなんでもないけれど、私は自慢げにみなに言った。「さあ、おやつですよー」。
そうなのだ。愛情は突然蘇り、胸いっぱいに広がり、生き続けるものなのだ。彼女の息子への愛も、これからずっと彼の心で..⑤..。
(大竹しのぶ 朝日新聞2013年7月19日付夕刊による)
④に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A. 聞くだけだった
B. 聞きたそうだった
C. 聞くようになった
D. 聞くかと思った
Câu 45: 問題3次の文章を読んで、文章全体の内容を考えて、(1)から(5)の中に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
ずっと刻まれる「母の愛」
友人からの深夜の電話。彼女は息子の小1のときのクラスメートの母親で、いわゆるハハ友である。お寿司屋さんの彼女とは家族ぐるみの付き合いで、もう20年以上が経つ。仕事を持つ私たちが自分の時間を持てるのは、決まって深夜。いつも真夜中にいろいろなことを話し、助け合いながら生きてきた。 ..①..息子が一人暮らしを始めた。育ち続けるのだそうお祝いを兼ねてアパートを訪ね、夕食を作り、洗濯をし、汗だくになって真新しいカーテンをつけ終えたという、そして帰る母親に彼は一言「じゃあね」。その「じゃあね」に頭にきたと。なぜ、「お母さんありがとう」と言えないのだ。..②..と、寂しくなったという。
彼女自身は幼い頃に両親が離婚し、父親の元で育ち、中学から家事一切を任されていた。彼女の洗濯物のたたみ方は今でも見ていて美しく、気持ちがいい。子供たちにはできる限りのことをしてあげたいと、いつも一生懸命やってきたという。「それでいいんだよ。」そう答えながら、私には突然、自分が7歳のときの光景が蘇った。
..③..、私の母も働いていた。ある日、初めて友人が家に遊びに来ることになり、前の晩一緒にお風呂に入りながら、母にそのことを告げた。「明日ね、○○チャンと○○チャンと…」。母は黙って..④..。翌日帰宅すると、テーブルの上の紙皿に、人数分の数種類のお菓子がきれいに並べられていた。手作りのケーキや高価なお菓子でもなんでもないけれど、私は自慢げにみなに言った。「さあ、おやつですよー」。
そうなのだ。愛情は突然蘇り、胸いっぱいに広がり、生き続けるものなのだ。彼女の息子への愛も、これからずっと彼の心で..⑤..。
(大竹しのぶ 朝日新聞2013年7月19日付夕刊による)
⑤に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A. 育ち続けるのだどうだ
B. 育ち続けるというのだ
C. 育ち続けるからかもしれない
D. 育ち続けるに違いない
Câu 46: 読解
問題1次の文章を読んで、文章全体の内容を考えて、以下の中に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
無駄なものを早めに見極め、優先度をつけ、いかにスピーディに仕事をこなしていくか。それが賢く成果を出す方法だ。目の前の先輩たちも、そうやって働いている人も多いのではないかと思います。
でも、そうした人たちの問題点は、仕事の判断軸が自分になるということです。結局自分が効率的に働けるか、自分が求められている仕事量を時間内にこなせるかが最大の判断軸になっていくのです。
すると、できる範囲のこと、無理のないことに収まっていってしまうのです。
(高橋克杈『「上司がさっぱりわかってくれない」と思っているあなたへ』による)
1.この文章で筆者が言いたいことは何か。
A. 無駄を見極められなければ、自分に求められている仕事をこなせなくなる。
B. 成果を出すことばかりを考えていると、自分の基準を人にも求めるようになる。
C. 効率性を重視しすぎると、自分が求められている仕事が分からなくなる。
D. 効率的に働くことばかりを考えていると、自分にできる仕事しかしなくなる。
Câu 47: 以下は、ある会社で回覧された文書である。
2015年12月1日
社員各位
年末年始休業に伴う出張経費精算書類の提出について
出張経費精算書類の12月の受付は月末ではなく25日(金)までとなります。25日までに受理した書類については、1月末日に各人の個人口座に振り込みます。25日を過ぎたものについては、2月末日の振り込みとなりますのでご了承ください。領収書の添付漏れや記載ミスへの対応も業務再開後となりますので弁せてご了承ください。
なお、出張経費精算書類の1月の受付は年末年始休業明けから再開し、締め切りは通常通り月末となります。
以上
2.出張経費精算書類について、この文書で最も伝えたいことは何か。
A. 12月受付分の振り込みは2月末日になること。
B. 12月の受付の締め切りが他の月より早いこと。
C. 12月受付書類の不備への対応は12月中にはできないこと。
D. 12月25日までに年内出張分を提出しなければならないこと。
Câu 48: コンピュータ化の進行とともに、記憶力の身ならず、計算力とか、情報整理力とか、いくつもの脳の雑用と思われている作業を電脳(注)に負わせるようになった。肉体労働だけでなく、精神労働の負担からも人間を解放し、持てる力をなるべく創造的な仕事に振り向けようというのだろう。しかし、創造力とは何だろう。記憶力や情報整理力など脳の基礎体力の上に成り立つもののような気がしてならないのだ。
(米原万里「心臓に毛が生えている理由」による)
(注)電脳:コンピューター
3.この文章で筆者が最も言いたいことは何か。
A. コンピュータ化の進行が、人間と肉体労働から解放する。
B. コンピュータ化の進行とともに、脳の基礎体力を失うことになる。
C. コンピュータに任せている脳の雑用こそが、創造力の土台になる。
D. コンピュータによる精神労働からの解放が、人間を創造的にする。
Câu 49: 誰にとっても、感情とどう付き合うかということはなかなか厄介な問題である。感情とうまく付き合うと言うことは、単に社会的場面での感情表現をうまくコントロールするということではない。むしろ、感情の豊かさや複雑さを通して、またしばしば測りがたく統御(注)しがたい感情の動きを通して、生きることを味わい、人生を活性化しながら、しかも感情の力に支配されないということであろう。
(井上俊・船津衛編『自分と他者の社会学』による)
(注)統御する:思い通りに扱う
4.感情との付き合い方について、筆者はどうすればよいと述べているか。
A. 感情と深く関わりながらも、感情に縛られないようにする。
B. 感情を無理にコントロールせずに、感情に任せるようにする。
C. 感情をコントロールして、感情に流されないようにする。
D. 感情を隠すことも、強く表現することもないようにする。
Câu 50: 問題2次の(1)から(5)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
以下は、ある映画監督が書いた文章である。
勝負を続けている限りは、負けは確定しない。勝ったり負けたりしながら、人生は続いていく。ただ、勝負を続けていくうちにだんだん勝負勘はっいてくるし、くだらない失敗はしなくなってくる。スキル(注1)が上がってくるからだ。
映画の話で言えば、僕は映画制作のシステムそのものに、大負けをしない仕掛けを組み込んだ。それは、①「他人と仕事する」ということだ。他人という客観性を映画制作の現場に持ち込めば、独りよがり(注2)な作品に突っ走ることを彼らが防いでくれる。それに僕は優秀なやっとしか組まないから、僕一人で何も考えるずっと映画の質は高くなるのだ。
勝負を続けていると、思わぬ成果が飛び込んでくることがある。かって負けたと思い込んでいた勝負に、後になって勝ってしまうことがあるのだ。僕の例で言えば、愚直(注3)に映画を撮り続けて、ある程度の評価を得るうちに、かってボロクソに言われた(注4)作品に光が当たり、再評価されるようなこともある。(中略)
だから②絶対に勝負を謙めてはいけない。ただし、常勝を狙うのは禁物だ。勝負をしなければ勝つことはできないが、必ず勝とう、絶対に失敗しないようにしようと意気込んだら、緊張感や気負いや、そんな余計なものを背負い込んで結果的に負けてします。
(押井守『凡人として生きるということ』による)
(注1)スキル:技術。
(注2)独りよがり:ここでは、自己満足の。
(注3)愚直に:ここでは、まじめに、こつこつと。
(注4)ボロクソに言われる:ここでは、ひどい評価を受ける。
1. ①「他人と仕事する」ことの利点について、筆者はどのように述べているか。
A. 負けた責任を一人で背負わなくて済むため、楽な気持ちで作品が作れる。
B. 思い込みによる失敗がなくなり、誰にでも受け入れられる作品が作れる。
C. 仕事の負担が減り、作品の質を高めることに集中できる。
D. 作品の客観性が保たれる上に、質も上がられる。
Câu 51: 問題2次の(1)から(5)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
以下は、ある映画監督が書いた文章である。
勝負を続けている限りは、負けは確定しない。勝ったり負けたりしながら、人生は続いていく。ただ、勝負を続けていくうちにだんだん勝負勘はっいてくるし、くだらない失敗はしなくなってくる。スキル(注1)が上がってくるからだ。
映画の話で言えば、僕は映画制作のシステムそのものに、大負けをしない仕掛けを組み込んだ。それは、①「他人と仕事する」ということだ。他人という客観性を映画制作の現場に持ち込めば、独りよがり(注2)な作品に突っ走ることを彼らが防いでくれる。それに僕は優秀なやっとしか組まないから、僕一人で何も考えるずっと映画の質は高くなるのだ。
勝負を続けていると、思わぬ成果が飛び込んでくることがある。かって負けたと思い込んでいた勝負に、後になって勝ってしまうことがあるのだ。僕の例で言えば、愚直(注3)に映画を撮り続けて、ある程度の評価を得るうちに、かってボロクソに言われた(注4)作品に光が当たり、再評価されるようなこともある。(中略)
だから②絶対に勝負を謙めてはいけない。ただし、常勝を狙うのは禁物だ。勝負をしなければ勝つことはできないが、必ず勝とう、絶対に失敗しないようにしようと意気込んだら、緊張感や気負いや、そんな余計なものを背負い込んで結果的に負けてします。
(押井守『凡人として生きるということ』による)
(注1)スキル:技術。
(注2)独りよがり:ここでは、自己満足の。
(注3)愚直に:ここでは、まじめに、こつこつと。
(注4)ボロクソに言われる:ここでは、ひどい評価を受ける。
2. ②絶対に勝負を謙めてはいけないとあるが、なぜか。
A. 後で作品の価値が認められることがあるから。
B. よい作品は必ず評価されるものだから。
C. どんな勝負にも得るものがあるから。
D. 勝負に慣れて緊張しなくなるから。
Câu 52: 問題2次の(1)から(5)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
以下は、ある映画監督が書いた文章である。
勝負を続けている限りは、負けは確定しない。勝ったり負けたりしながら、人生は続いていく。ただ、勝負を続けていくうちにだんだん勝負勘はっいてくるし、くだらない失敗はしなくなってくる。スキル(注1)が上がってくるからだ。
映画の話で言えば、僕は映画制作のシステムそのものに、大負けをしない仕掛けを組み込んだ。それは、①「他人と仕事する」ということだ。他人という客観性を映画制作の現場に持ち込めば、独りよがり(注2)な作品に突っ走ることを彼らが防いでくれる。それに僕は優秀なやっとしか組まないから、僕一人で何も考えるずっと映画の質は高くなるのだ。
勝負を続けていると、思わぬ成果が飛び込んでくることがある。かって負けたと思い込んでいた勝負に、後になって勝ってしまうことがあるのだ。僕の例で言えば、愚直(注3)に映画を撮り続けて、ある程度の評価を得るうちに、かってボロクソに言われた(注4)作品に光が当たり、再評価されるようなこともある。(中略)
だから②絶対に勝負を謙めてはいけない。ただし、常勝を狙うのは禁物だ。勝負をしなければ勝つことはできないが、必ず勝とう、絶対に失敗しないようにしようと意気込んだら、緊張感や気負いや、そんな余計なものを背負い込んで結果的に負けてします。
(押井守『凡人として生きるということ』による)
(注1)スキル:技術。
(注2)独りよがり:ここでは、自己満足の。
(注3)愚直に:ここでは、まじめに、こつこつと。
(注4)ボロクソに言われる:ここでは、ひどい評価を受ける。
3. 筆者によると、勝負を続ける上で気を付けるべき点は何か。
A. 勝負以外のことは考えてはいけない。
B. 勝ち負けにこだわってはいけない。
C. いつも勝とうと思ってはいけない。
D. 負ける自分を想像してはいけない。
Câu 53: 環境が高速化しても、私たちの神経的な伝達速度や知覚認知の処理時間は変化しないことから、人間が一時にできる認知的課題の数もそれほど変わらないことが推察される。このことは、様々な情報が手に入り、やりたいこと、したいこと、そして実際にできる可能性が高まったとしても、①実際にできる事柄の数がそれほど増えるわけではないことを示唆している。
もちろん、技術革新によって、一つの事柄をやり遂げるまでに要する時間は大いに短縮された。筆者自身、パーソナルコンピュータを使って論文などを書くようになって、論文一本あたりにかける時間と労力はずいぶん減尐したと思う。特に、原稿を清書したり作図したり、という手作業の段階に要する時間はかなり減った。
しかし、そうはいっても、論文を書く際に論理展開をまとめるのに要する時間はそれほど短縮されるわけではない。考えるためには、どうしてもそれなりの時間が必要だ。(中略)
人間が一つのことをやり遂げるにはどうしても一定の時間がかかる。その時間が技術革新や経験、学習によって、増えた欲望を満たすのに必要な時間以上に短縮されないとしたらどうするだろうか。当然、潜在的な可能性に基づいて肥大する欲望のうち、実際に満たされるものは一部のみということになる。この場合、やりたいと、やれるはずのことは数多くあるのに、なかなかそれが実現できない②ジレンマが生じる。
そうなると、むしろ、できる事柄が尐なかったころよりも時間が足りず、忙しく、やりたいことができないという感覚が強くなっているかもしれない。
(一川誠『大人の時間はなぜ短いのか』による)
1. ①実際にできる事柄の数がそれほど増えるわけではないのはなぜか。
A. 人間は高速化した環境では考える時間があまりないから。
B. 人間が物事を認知できる速度はあまり変化しないから。
C. 人間の認知的な能力を超えた課題が増えているから。
D. 人間に与えられた時間は限られているから。
Câu 54: 環境が高速化しても、私たちの神経的な伝達速度や知覚認知の処理時間は変化しないことから、人間が一時にできる認知的課題の数もそれほど変わらないことが推察される。このことは、様々な情報が手に入り、やりたいこと、したいこと、そして実際にできる可能性が高まったとしても、①実際にできる事柄の数がそれほど増えるわけではないことを示唆している。
もちろん、技術革新によって、一つの事柄をやり遂げるまでに要する時間は大いに短縮された。筆者自身、パーソナルコンピュータを使って論文などを書くようになって、論文一本あたりにかける時間と労力はずいぶん減尐したと思う。特に、原稿を清書したり作図したり、という手作業の段階に要する時間はかなり減った。
しかし、そうはいっても、論文を書く際に論理展開をまとめるのに要する時間はそれほど短縮されるわけではない。考えるためには、どうしてもそれなりの時間が必要だ。(中略)
人間が一つのことをやり遂げるにはどうしても一定の時間がかかる。その時間が技術革新や経験、学習によって、増えた欲望を満たすのに必要な時間以上に短縮されないとしたらどうするだろうか。当然、潜在的な可能性に基づいて肥大する欲望のうち、実際に満たされるものは一部のみということになる。この場合、やりたいと、やれるはずのことは数多くあるのに、なかなかそれが実現できない②ジレンマが生じる。
そうなると、むしろ、できる事柄が尐なかったころよりも時間が足りず、忙しく、やりたいことができないという感覚が強くなっているかもしれない。
(一川誠『大人の時間はなぜ短いのか』による)
2. 技術革新によって、一つの事柄の完成に要する時間はどうなったか。
A. 質の高さが求められるようになったため、完成までの時間は変わらない。
B. 考える時間は短縮されないため、完成までの時間は変わらない。
C. 様々な情報が入手しやすくなり、完成までの時間も短縮された。
D. 手作業の時間が短縮された分、完成までの時間も短縮された。
Câu 55: 環境が高速化しても、私たちの神経的な伝達速度や知覚認知の処理時間は変化しないことから、人間が一時にできる認知的課題の数もそれほど変わらないことが推察される。このことは、様々な情報が手に入り、やりたいこと、したいこと、そして実際にできる可能性が高まったとしても、①実際にできる事柄の数がそれほど増えるわけではないことを示唆している。
もちろん、技術革新によって、一つの事柄をやり遂げるまでに要する時間は大いに短縮された。筆者自身、パーソナルコンピュータを使って論文などを書くようになって、論文一本あたりにかける時間と労力はずいぶん減尐したと思う。特に、原稿を清書したり作図したり、という手作業の段階に要する時間はかなり減った。
しかし、そうはいっても、論文を書く際に論理展開をまとめるのに要する時間はそれほど短縮されるわけではない。考えるためには、どうしてもそれなりの時間が必要だ。(中略)
人間が一つのことをやり遂げるにはどうしても一定の時間がかかる。その時間が技術革新や経験、学習によって、増えた欲望を満たすのに必要な時間以上に短縮されないとしたらどうするだろうか。当然、潜在的な可能性に基づいて肥大する欲望のうち、実際に満たされるものは一部のみということになる。この場合、やりたいと、やれるはずのことは数多くあるのに、なかなかそれが実現できない②ジレンマが生じる。
そうなると、むしろ、できる事柄が尐なかったころよりも時間が足りず、忙しく、やりたいことができないという感覚が強くなっているかもしれない。
(一川誠『大人の時間はなぜ短いのか』による)
3. ②ジレンマが生じるとあるが、なぜか。
A. 人間の欲望が増えすぎて、できることとできないことが見極められないから。
B. 人間の欲望は増えたが、欲望を満たすのは必要な時間は短くならないから。
C. 技術革新で作業効率が上がったが、しなければならないことも増えているから。
D. 技術革新の速度が速すぎて、追いつくのが難しくなっているから。
Câu 56: 類人猿(注1)の四足歩行と人間の二足歩行を比べると、時速四kmくらいの速度で歩くと、二足歩行のほうがエネルギー効率がいい。しかも長く歩けば歩くほどエネルギーの節約率が高くなる。すなわち、初期の人類は長い距離をゆっくりした速度で歩く必要性に迫られて、直立二足歩行を採用したと考えられるのだ。これは初期の人類が徐々に熱帯雤林を出ようとしていたこととぴったり符合する(注2)。熱帯雤林の外では果実が散在していて、広い範囲を探し回る必要がある。これを可能にする歩行様式として、二足で歩くことが有利になった可能性がある。
しかし、長距離を歩くことになると群れの全員がまとまって移動するのは困難になる。子供や身重(注3)の女性、老人など速い速度で長距離を歩くことが難しい仲間がいる。そのため、体力のある男たちが尐数のグループを組み、広く歩き回って食物を集め、それを女や子供たちのもとへ持ち帰って一緒に食べたのではないかと思われるのだ。これが食物共有仮説である。だが、サバンナへ出たサルたちは二足にならなかった。なぜ人間だけがなかったのか。それは、サバンナ(注4)へ出たパタスザルやアヌビスヒヒ、マントヒヒたちはオスがメスより格段に大きくなり、長い犬歯を発達させて群れの防御をするようになったからである。しかも胃腸の強い彼らは人類ほど広い範囲を歩き回って食物を探す必要はなかった。一方、人類の祖先は男が大きくなるところか、性差が小さく、犬歯(注5)も縮小して武器としては使えなくなっている。これは人類の男たちが捕食動物と戦うよりも、その目を避けながら食物を探し歩いていたことを物語っている。
((朝倉敏夫編『火と食』による)
(注1)類人猿:生物学上、最も人に近いサル類。
(注2)符合する:合う。
(注3)身重:妊娠中。
(注4)サバンナ:熱帯地方に見られる草原。
(注5)も犬歯:ここでは、特に鋭い歯。
1. 筆者によると、人類が二足歩行を採用したのはなぜか。
A. 広い範囲を長く歩き続けられるから。
B. 広い範囲を時間をかけずに移動できるから。
C. 遠くまで見渡しながら歩けるから。
D. 必要に応じて速度を変えながら歩けるから。
Câu 57: 類人猿(注1)の四足歩行と人間の二足歩行を比べると、時速四kmくらいの速度で歩くと、二足歩行のほうがエネルギー効率がいい。しかも長く歩けば歩くほどエネルギーの節約率が高くなる。すなわち、初期の人類は長い距離をゆっくりした速度で歩く必要性に迫られて、直立二足歩行を採用したと考えられるのだ。これは初期の人類が徐々に熱帯雤林を出ようとしていたこととぴったり符合する(注2)。熱帯雤林の外では果実が散在していて、広い範囲を探し回る必要がある。これを可能にする歩行様式として、二足で歩くことが有利になった可能性がある。
しかし、長距離を歩くことになると群れの全員がまとまって移動するのは困難になる。子供や身重(注3)の女性、老人など速い速度で長距離を歩くことが難しい仲間がいる。そのため、体力のある男たちが尐数のグループを組み、広く歩き回って食物を集め、それを女や子供たちのもとへ持ち帰って一緒に食べたのではないかと思われるのだ。これが食物共有仮説である。だが、サバンナへ出たサルたちは二足にならなかった。なぜ人間だけがなかったのか。それは、サバンナ(注4)へ出たパタスザルやアヌビスヒヒ、マントヒヒたちはオスがメスより格段に大きくなり、長い犬歯を発達させて群れの防御をするようになったからである。しかも胃腸の強い彼らは人類ほど広い範囲を歩き回って食物を探す必要はなかった。一方、人類の祖先は男が大きくなるところか、性差が小さく、犬歯(注5)も縮小して武器としては使えなくなっている。これは人類の男たちが捕食動物と戦うよりも、その目を避けながら食物を探し歩いていたことを物語っている。
((朝倉敏夫編『火と食』による)
(注1)類人猿:生物学上、最も人に近いサル類。
(注2)符合する:合う。
(注3)身重:妊娠中。
(注4)サバンナ:熱帯地方に見られる草原。
(注5)も犬歯:ここでは、特に鋭い歯。
2. 群れの行動は、二足歩行によってどのように変化したと考えられるか。
A. 移動が困難な者がグループを組み、ゆっくり食物を探し歩くようになった。
B. 移動が困難な者を体力のある者が助けながら、共に食物を探しようになった。
C. 体力のある者のグループができ、その中で食物を共有するようになった。
D. 体力のある者のグレープができ、移動が困難な者に食物を分け与えるようになった。
Câu 58: 類人猿(注1)の四足歩行と人間の二足歩行を比べると、時速四kmくらいの速度で歩くと、二足歩行のほうがエネルギー効率がいい。しかも長く歩けば歩くほどエネルギーの節約率が高くなる。すなわち、初期の人類は長い距離をゆっくりした速度で歩く必要性に迫られて、直立二足歩行を採用したと考えられるのだ。これは初期の人類が徐々に熱帯雤林を出ようとしていたこととぴったり符合する(注2)。熱帯雤林の外では果実が散在していて、広い範囲を探し回る必要がある。これを可能にする歩行様式として、二足で歩くことが有利になった可能性がある。
しかし、長距離を歩くことになると群れの全員がまとまって移動するのは困難になる。子供や身重(注3)の女性、老人など速い速度で長距離を歩くことが難しい仲間がいる。そのため、体力のある男たちが尐数のグループを組み、広く歩き回って食物を集め、それを女や子供たちのもとへ持ち帰って一緒に食べたのではないかと思われるのだ。これが食物共有仮説である。だが、サバンナへ出たサルたちは二足にならなかった。なぜ人間だけがなかったのか。それは、サバンナ(注4)へ出たパタスザルやアヌビスヒヒ、マントヒヒたちはオスがメスより格段に大きくなり、長い犬歯を発達させて群れの防御をするようになったからである。しかも胃腸の強い彼らは人類ほど広い範囲を歩き回って食物を探す必要はなかった。一方、人類の祖先は男が大きくなるところか、性差が小さく、犬歯(注5)も縮小して武器としては使えなくなっている。これは人類の男たちが捕食動物と戦うよりも、その目を避けながら食物を探し歩いていたことを物語っている。
((朝倉敏夫編『火と食』による)
(注1)類人猿:生物学上、最も人に近いサル類。
(注2)符合する:合う。
(注3)身重:妊娠中。
(注4)サバンナ:熱帯地方に見られる草原。
(注5)も犬歯:ここでは、特に鋭い歯。
3. 人類の祖先について、筆者の考えに合うのはどれか。
A. 男たちが身体をより大きく見せて群れを防御していた。
B. 男たちが捕食動物との遭遇を避けながら食物を探し回っていた。
C. 男たちが捕食動物からできるだけ遠くへ逃げて身を守っていた。
D. 男たちが武器を持って群れを防御しながら食物を探し回っていた。
Câu 59: 問題3次の文章を読んで、質問に答えなさい。答えは、1・2・3・4から最もよいものを一つえらびなさい。
以下は、歴史学者について、歴史小説家との比較を中心に書かれた文章である。
歴史学では、史実の究明にはもちろんのこと、新しい歴史像を提示する時にも史料(注1)的根拠が必要です。そして、この史料的根拠を基盤とするがゆえに、歴史学者の歴史観は、相互に批判可能なものです。これは、物理や化学といった自然科学の世界で新理論を展開する場合に、その論拠、論理を他の学者にも検証可能な形で提示しなければならないことと同様です。
しかし、小説にこうした論証を求めるのは無理というものです。最近は小説家に歴史研究者同様の姿勢を求める向きもあるようですが、これは筋違いとしか思えません。やはり、歴史研究と歴史小説は、そもそも目的も手段も違うものなもだとしか言いようがないのです。
また、あるいは、次のような話が参考になるでしょうか。
ある時、理学部の天文学(注2)の先生に、「どうして彗星や小惑星などの新天体を発見する人には、アマチュアの天文家が多いのですか」と聞いたことがありました。新聞でも報じられるような天体現象の発見に、意外と専門研究者が少ないことが気になっていたからです。
すると、天文学の先生は、「天文学の先端では、彗星などの発見よりは、大きな電波望遠鏡を使って、ある一定の方向から地球に届く宇宙からの電波情報を継続的に受け取り、その数値の分析によって宇宙の大きさを推測したり、宇宙の成り立ちを究明したりしているのです」と教えてくれました。(中略)
歴史学者と歴史小説家の違いも、これに近いものがあります。歴史小説家を歴史のアマチュアとするつもりはありませんが、同じく歴史を扱いながらも、その立ち位置は違うものだと言えるでしょう。
歴史小説では、誰もがよく知っている人物や事件をとりあげて小説にすることが多いようですが、歴史研究ではむしろ誰も知らないような人物や事件を入り口として史実を究明することがほとんどです。また、政争に誰がいかにして勝ったかというような政治のダイナミックな人間の動きよりは、制度的な政治システムの変遷を追究する方が研究手法としては主流です。そのため、歴史学者が世間一般の歴史ファンを驚かせるような新説を立てる、というようなことは、稀なこととなるのです。
もちろん、天文学者であれば研究機関に属していようが星に無関心でないのと同様に、歴史研究者もメジャーな歴史トピックに関心がないわけではありません。しかし、一見地味な事例研究を積み重ねることによって、それまでの通説を修正する新しい視点が見いだされていくことを、研究者は知っているのです。つまり、一足飛びに(注3)通説を覆そうとして、特定の視点から史料を読むような真似(注4)は禁物なのです。
(山本博文『歴史をつかむ技法』による)
(注1)史料:歴史を研究するための文献や遺物。
(注2)天文学:宇宙と天体について研究する学問。
(注3)一足飛びに:ここでは、手順を無視して一気に。
(注4)真似:ここでは、行動。
1. 筆者によると、歴史学と自然科学の共通点は何か。
A. 研究の価値は新説を示すことで認められること。
B. 新説の展開には、学者同士の相互批判が欠かせないこと。
C. 新説の根拠を検証可能な形で示すのは容易ではないこと。
D. 他の学者が検証できるように、新説の根拠を示す必要があること。
Câu 60: 以下は、歴史学者について、歴史小説家との比較を中心に書かれた文章である。
歴史学では、史実の究明にはもちろんのこと、新しい歴史像を提示する時にも史料(注1)的根拠が必要です。そして、この史料的根拠を基盤とするがゆえに、歴史学者の歴史観は、相互に批判可能なものです。これは、物理や化学といった自然科学の世界で新理論を展開する場合に、その論拠、論理を他の学者にも検証可能な形で提示しなければならないことと同様です。
しかし、小説にこうした論証を求めるのは無理というものです。最近は小説家に歴史研究者同様の姿勢を求める向きもあるようですが、これは筋違いとしか思えません。やはり、歴史研究と歴史小説は、そもそも目的も手段も違うものなもだとしか言いようがないのです。
また、あるいは、次のような話が参考になるでしょうか。
ある時、理学部の天文学(注2)の先生に、「どうして彗星や小惑星などの新天体を発見する人には、アマチュアの天文家が多いのですか」と聞いたことがありました。新聞でも報じられるような天体現象の発見に、意外と専門研究者が少ないことが気になっていたからです。
すると、天文学の先生は、「天文学の先端では、彗星などの発見よりは、大きな電波望遠鏡を使って、ある一定の方向から地球に届く宇宙からの電波情報を継続的に受け取り、その数値の分析によって宇宙の大きさを推測したり、宇宙の成り立ちを究明したりしているのです」と教えてくれました。(中略)
歴史学者と歴史小説家の違いも、これに近いものがあります。歴史小説家を歴史のアマチュアとするつもりはありませんが、同じく歴史を扱いながらも、その立ち位置は違うものだと言えるでしょう。
歴史小説では、誰もがよく知っている人物や事件をとりあげて小説にすることが多いようですが、歴史研究ではむしろ誰も知らないような人物や事件を入り口として史実を究明することがほとんどです。また、政争に誰がいかにして勝ったかというような政治のダイナミックな人間の動きよりは、制度的な政治システムの変遷を追究する方が研究手法としては主流です。そのため、歴史学者が世間一般の歴史ファンを驚かせるような新説を立てる、というようなことは、稀なこととなるのです。
もちろん、天文学者であれば研究機関に属していようが星に無関心でないのと同様に、歴史研究者もメジャーな歴史トピックに関心がないわけではありません。しかし、一見地味な事例研究を積み重ねることによって、それまでの通説を修正する新しい視点が見いだされていくことを、研究者は知っているのです。つまり、一足飛びに(注3)通説を覆そうとして、特定の視点から史料を読むような真似(注4)は禁物なのです。
(山本博文『歴史をつかむ技法』による)
(注1)史料:歴史を研究するための文献や遺物。
(注2)天文学:宇宙と天体について研究する学問。
(注3)一足飛びに:ここでは、手順を無視して一気に。
(注4)真似:ここでは、行動。
2. 天体現象の発見に専門研究者が少ないのは、なぜか。
A. 専門研究者は、新天体の発見には価値がないと考えているから。
B. 専門研究者は、新天体の発見より宇宙そのものの探究を目的としているから。
C. 専門研究者は、アマチュアの天文家との役割分担を意識しているから。
D. 専門研究者は、アマチュアの天文家の発見を集約して宇宙全体を研究しているから。
Câu 61: 以下は、歴史学者について、歴史小説家との比較を中心に書かれた文章である。
歴史学では、史実の究明にはもちろんのこと、新しい歴史像を提示する時にも史料(注1)的根拠が必要です。そして、この史料的根拠を基盤とするがゆえに、歴史学者の歴史観は、相互に批判可能なものです。これは、物理や化学といった自然科学の世界で新理論を展開する場合に、その論拠、論理を他の学者にも検証可能な形で提示しなければならないことと同様です。
しかし、小説にこうした論証を求めるのは無理というものです。最近は小説家に歴史研究者同様の姿勢を求める向きもあるようですが、これは筋違いとしか思えません。やはり、歴史研究と歴史小説は、そもそも目的も手段も違うものなもだとしか言いようがないのです。
また、あるいは、次のような話が参考になるでしょうか。
ある時、理学部の天文学(注2)の先生に、「どうして彗星や小惑星などの新天体を発見する人には、アマチュアの天文家が多いのですか」と聞いたことがありました。新聞でも報じられるような天体現象の発見に、意外と専門研究者が少ないことが気になっていたからです。
すると、天文学の先生は、「天文学の先端では、彗星などの発見よりは、大きな電波望遠鏡を使って、ある一定の方向から地球に届く宇宙からの電波情報を継続的に受け取り、その数値の分析によって宇宙の大きさを推測したり、宇宙の成り立ちを究明したりしているのです」と教えてくれました。(中略)
歴史学者と歴史小説家の違いも、これに近いものがあります。歴史小説家を歴史のアマチュアとするつもりはありませんが、同じく歴史を扱いながらも、その立ち位置は違うものだと言えるでしょう。
歴史小説では、誰もがよく知っている人物や事件をとりあげて小説にすることが多いようですが、歴史研究ではむしろ誰も知らないような人物や事件を入り口として史実を究明することがほとんどです。また、政争に誰がいかにして勝ったかというような政治のダイナミックな人間の動きよりは、制度的な政治システムの変遷を追究する方が研究手法としては主流です。そのため、歴史学者が世間一般の歴史ファンを驚かせるような新説を立てる、というようなことは、稀なこととなるのです。
もちろん、天文学者であれば研究機関に属していようが星に無関心でないのと同様に、歴史研究者もメジャーな歴史トピックに関心がないわけではありません。しかし、一見地味な事例研究を積み重ねることによって、それまでの通説を修正する新しい視点が見いだされていくことを、研究者は知っているのです。つまり、一足飛びに(注3)通説を覆そうとして、特定の視点から史料を読むような真似(注4)は禁物なのです。
(山本博文『歴史をつかむ技法』による)
(注1)史料:歴史を研究するための文献や遺物。
(注2)天文学:宇宙と天体について研究する学問。
(注3)一足飛びに:ここでは、手順を無視して一気に。
(注4)真似:ここでは、行動。
3. 歴史小説家について、筆者はどのように述べているか。
A. 制度的政治システムを題材としている。
B. 誰も知らない史実を面白く物語にしている。
C. 有名な人物や出来事などを題材としている。
D. 歴史学者が気付かないような視点で書いている。
Câu 62: 以下は、歴史学者について、歴史小説家との比較を中心に書かれた文章である。
歴史学では、史実の究明にはもちろんのこと、新しい歴史像を提示する時にも史料(注1)的根拠が必要です。そして、この史料的根拠を基盤とするがゆえに、歴史学者の歴史観は、相互に批判可能なものです。これは、物理や化学といった自然科学の世界で新理論を展開する場合に、その論拠、論理を他の学者にも検証可能な形で提示しなければならないことと同様です。
しかし、小説にこうした論証を求めるのは無理というものです。最近は小説家に歴史研究者同様の姿勢を求める向きもあるようですが、これは筋違いとしか思えません。やはり、歴史研究と歴史小説は、そもそも目的も手段も違うものなもだとしか言いようがないのです。
また、あるいは、次のような話が参考になるでしょうか。
ある時、理学部の天文学(注2)の先生に、「どうして彗星や小惑星などの新天体を発見する人には、アマチュアの天文家が多いのですか」と聞いたことがありました。新聞でも報じられるような天体現象の発見に、意外と専門研究者が少ないことが気になっていたからです。
すると、天文学の先生は、「天文学の先端では、彗星などの発見よりは、大きな電波望遠鏡を使って、ある一定の方向から地球に届く宇宙からの電波情報を継続的に受け取り、その数値の分析によって宇宙の大きさを推測したり、宇宙の成り立ちを究明したりしているのです」と教えてくれました。(中略)
歴史学者と歴史小説家の違いも、これに近いものがあります。歴史小説家を歴史のアマチュアとするつもりはありませんが、同じく歴史を扱いながらも、その立ち位置は違うものだと言えるでしょう。
歴史小説では、誰もがよく知っている人物や事件をとりあげて小説にすることが多いようですが、歴史研究ではむしろ誰も知らないような人物や事件を入り口として史実を究明することがほとんどです。また、政争に誰がいかにして勝ったかというような政治のダイナミックな人間の動きよりは、制度的な政治システムの変遷を追究する方が研究手法としては主流です。そのため、歴史学者が世間一般の歴史ファンを驚かせるような新説を立てる、というようなことは、稀なこととなるのです。
もちろん、天文学者であれば研究機関に属していようが星に無関心でないのと同様に、歴史研究者もメジャーな歴史トピックに関心がないわけではありません。しかし、一見地味な事例研究を積み重ねることによって、それまでの通説を修正する新しい視点が見いだされていくことを、研究者は知っているのです。つまり、一足飛びに(注3)通説を覆そうとして、特定の視点から史料を読むような真似(注4)は禁物なのです。
(山本博文『歴史をつかむ技法』による)
(注1)史料:歴史を研究するための文献や遺物。
(注2)天文学:宇宙と天体について研究する学問。
(注3)一足飛びに:ここでは、手順を無視して一気に。
(注4)真似:ここでは、行動。
4. 歴史学者について、筆者はどのように述べているか。
A. 通説を覆すために、新しい史実を発見しようとしている。
B. 通説に惑わされず、特定の視点から歴史をとらえようとしている。
C. 個々の事例研究を踏まえて、史実を明らかにしようとしている。
D. 知られていない史実をとりあげ、人々の歴史認識を改めようとしている。
Câu 63: 山の風景画は、世の中にいくらでもある。日本画にしろ洋画にしろ、古今東西あまたの(注1)画家たちが、その題材に「山」を選んでいる。モチーフとしての山の意味するものはさまざまだろうが、個人的にはそれらに興味を惹かれることはなかった。
なぜか。
一般的な登山者が山を眺めたときの感慨は、おおむね似かよっている。それは、雄大さ、峻厳さ(注2)、あるいは優しさといったステレオタイプな観点から山を賛美し、その風景を自分の心の展示箱に納めて「いい思い出」にしてしまう。そして、山岳画や山岳写真の作家たちの多くもまた、似たようなイメージを印画紙やカンバスなどに再現して、狭い市場の中で再生産している例が尐なくない。
だが、山に登る者の心に刻印(注3)される山の風景は本来限定的なものではなく、確定しえない動的な現象として記憶されてもよいのではないだろうか。見る者の心の中定着される山のイメージは、そしてその表現は、もっと多様であるべきだろう。
つねに転変を繰り返す「海」に対して、動かざるものの象徴として、「山」が引き合いに出されることもある。はたしてほんとうに山は動かないのか。(中略)
一登山者としてこう思う。山は動いている、と。それは、地殻(注4)変動や火山の噴火など大規模なものだけではない。遠目には同じように見えても、風に吹かれて砂塵は舞い、山腹を覆う植物たちは陽光を浴びて茂し、渓流はその谷の深さを日々深く削り、刻一刻と変化し続けている。そういった微細な物理的変貌、小さい生命たちの死滅と再生が瞬時も止まることのない現場が、「山」なのである。
都市風景は近代以降多様な都市論の対象となってきたが、本来、多様性に富んでいるはずの山という場所を表現するイメージが、なぜこれほどまでに単一的なのか。
それは、山というつねに転変する自然から、都市部の生活者の生活が乖離してしまったことに、原因を求めることができるかもしれない。山の変化に気づくほど山を観測していないから、その変化にも気づかない。
何十年も山で暮らしてきたような画家でさえも、その表現は先述した域を出ることは稀だ。思うに、そういった者は都市生活者とは反対に、表現への憧れが先に立ち、山の実相(注5)を表現しえていないのかもしれない。
(志水哲也編『山と私の対話』による)
(注1)あまたの:数多く刻の。
(注2)峻厳さ:厳しさ。
(注3)刻印する:ここでは、刻む。
(注4)地殻:地球の表層部。
(注5)実相:本当の姿。
1. 個人的にはそれらに興味を惹かれることはなかったとあるが、なぜか。
A. 型にはまった見方で描かれた山の絵が多いから。
B. 一般的な登山者の視点で描かれた山の絵ではないから。
C. 思い出として残すために描かれた山の絵しかないから。
D. 自分の心の中にある風景と似たような山の絵ばかりだから。
Câu 64: 山の風景画は、世の中にいくらでもある。日本画にしろ洋画にしろ、古今東西あまたの(注1)画家たちが、その題材に「山」を選んでいる。モチーフとしての山の意味するものはさまざまだろうが、個人的にはそれらに興味を惹かれることはなかった。
なぜか。
一般的な登山者が山を眺めたときの感慨は、おおむね似かよっている。それは、雄大さ、峻厳さ(注2)、あるいは優しさといったステレオタイプな観点から山を賛美し、その風景を自分の心の展示箱に納めて「いい思い出」にしてしまう。そして、山岳画や山岳写真の作家たちの多くもまた、似たようなイメージを印画紙やカンバスなどに再現して、狭い市場の中で再生産している例が尐なくない。
だが、山に登る者の心に刻印(注3)される山の風景は本来限定的なものではなく、確定しえない動的な現象として記憶されてもよいのではないだろうか。見る者の心の中定着される山のイメージは、そしてその表現は、もっと多様であるべきだろう。
つねに転変を繰り返す「海」に対して、動かざるものの象徴として、「山」が引き合いに出されることもある。はたしてほんとうに山は動かないのか。(中略)
一登山者としてこう思う。山は動いている、と。それは、地殻(注4)変動や火山の噴火など大規模なものだけではない。遠目には同じように見えても、風に吹かれて砂塵は舞い、山腹を覆う植物たちは陽光を浴びて茂し、渓流はその谷の深さを日々深く削り、刻一刻と変化し続けている。そういった微細な物理的変貌、小さい生命たちの死滅と再生が瞬時も止まることのない現場が、「山」なのである。
都市風景は近代以降多様な都市論の対象となってきたが、本来、多様性に富んでいるはずの山という場所を表現するイメージが、なぜこれほどまでに単一的なのか。
それは、山というつねに転変する自然から、都市部の生活者の生活が乖離してしまったことに、原因を求めることができるかもしれない。山の変化に気づくほど山を観測していないから、その変化にも気づかない。
何十年も山で暮らしてきたような画家でさえも、その表現は先述した域を出ることは稀だ。思うに、そういった者は都市生活者とは反対に、表現への憧れが先に立ち、山の実相(注5)を表現しえていないのかもしれない。
(志水哲也編『山と私の対話』による)
(注1)あまたの:数多く刻の。
(注2)峻厳さ:厳しさ。
(注3)刻印する:ここでは、刻む。
(注4)地殻:地球の表層部。
(注5)実相:本当の姿。
2. 筆者は山をどのようにとらえているか。
A. 山の変化は小さくても、心に残る感動は大きい。
B. 山は同じように見えても、それぞれの個性がある。
C. 山は一見変わらないようでも、変化しつづけている。
D. 同じ山に登っても、山から受ける印象は毎回異なる。
Câu 65: 山の風景画は、世の中にいくらでもある。日本画にしろ洋画にしろ、古今東西あまたの(注1)画家たちが、その題材に「山」を選んでいる。モチーフとしての山の意味するものはさまざまだろうが、個人的にはそれらに興味を惹かれることはなかった。
なぜか。
一般的な登山者が山を眺めたときの感慨は、おおむね似かよっている。それは、雄大さ、峻厳さ(注2)、あるいは優しさといったステレオタイプな観点から山を賛美し、その風景を自分の心の展示箱に納めて「いい思い出」にしてしまう。そして、山岳画や山岳写真の作家たちの多くもまた、似たようなイメージを印画紙やカンバスなどに再現して、狭い市場の中で再生産している例が尐なくない。
だが、山に登る者の心に刻印(注3)される山の風景は本来限定的なものではなく、確定しえない動的な現象として記憶されてもよいのではないだろうか。見る者の心の中定着される山のイメージは、そしてその表現は、もっと多様であるべきだろう。
つねに転変を繰り返す「海」に対して、動かざるものの象徴として、「山」が引き合いに出されることもある。はたしてほんとうに山は動かないのか。(中略)
一登山者としてこう思う。山は動いている、と。それは、地殻(注4)変動や火山の噴火など大規模なものだけではない。遠目には同じように見えても、風に吹かれて砂塵は舞い、山腹を覆う植物たちは陽光を浴びて茂し、渓流はその谷の深さを日々深く削り、刻一刻と変化し続けている。そういった微細な物理的変貌、小さい生命たちの死滅と再生が瞬時も止まることのない現場が、「山」なのである。
都市風景は近代以降多様な都市論の対象となってきたが、本来、多様性に富んでいるはずの山という場所を表現するイメージが、なぜこれほどまでに単一的なのか。
それは、山というつねに転変する自然から、都市部の生活者の生活が乖離してしまったことに、原因を求めることができるかもしれない。山の変化に気づくほど山を観測していないから、その変化にも気づかない。
何十年も山で暮らしてきたような画家でさえも、その表現は先述した域を出ることは稀だ。思うに、そういった者は都市生活者とは反対に、表現への憧れが先に立ち、山の実相(注5)を表現しえていないのかもしれない。
(志水哲也編『山と私の対話』による)
(注1)あまたの:数多く刻の。
(注2)峻厳さ:厳しさ。
(注3)刻印する:ここでは、刻む。
(注4)地殻:地球の表層部。
(注5)実相:本当の姿。
3. 都市生活者と、何十年も山で暮らしてきたような画家について、筆者はどのように述べているか。
A. いずれも山への憧れが強い。
B. いずれも山への興味が失われている。
C. いずれも山の見方が変化してきている。
D. いずれも山のイメージが固定化している。
Câu 66: 山の風景画は、世の中にいくらでもある。日本画にしろ洋画にしろ、古今東西あまたの(注1)画家たちが、その題材に「山」を選んでいる。モチーフとしての山の意味するものはさまざまだろうが、個人的にはそれらに興味を惹かれることはなかった。
なぜか。
一般的な登山者が山を眺めたときの感慨は、おおむね似かよっている。それは、雄大さ、峻厳さ(注2)、あるいは優しさといったステレオタイプな観点から山を賛美し、その風景を自分の心の展示箱に納めて「いい思い出」にしてしまう。そして、山岳画や山岳写真の作家たちの多くもまた、似たようなイメージを印画紙やカンバスなどに再現して、狭い市場の中で再生産している例が尐なくない。
だが、山に登る者の心に刻印(注3)される山の風景は本来限定的なものではなく、確定しえない動的な現象として記憶されてもよいのではないだろうか。見る者の心の中定着される山のイメージは、そしてその表現は、もっと多様であるべきだろう。
つねに転変を繰り返す「海」に対して、動かざるものの象徴として、「山」が引き合いに出されることもある。はたしてほんとうに山は動かないのか。(中略)
一登山者としてこう思う。山は動いている、と。それは、地殻(注4)変動や火山の噴火など大規模なものだけではない。遠目には同じように見えても、風に吹かれて砂塵は舞い、山腹を覆う植物たちは陽光を浴びて茂し、渓流はその谷の深さを日々深く削り、刻一刻と変化し続けている。そういった微細な物理的変貌、小さい生命たちの死滅と再生が瞬時も止まることのない現場が、「山」なのである。
都市風景は近代以降多様な都市論の対象となってきたが、本来、多様性に富んでいるはずの山という場所を表現するイメージが、なぜこれほどまでに単一的なのか。
それは、山というつねに転変する自然から、都市部の生活者の生活が乖離してしまったことに、原因を求めることができるかもしれない。山の変化に気づくほど山を観測していないから、その変化にも気づかない。
何十年も山で暮らしてきたような画家でさえも、その表現は先述した域を出ることは稀だ。思うに、そういった者は都市生活者とは反対に、表現への憧れが先に立ち、山の実相(注5)を表現しえていないのかもしれない。
(志水哲也編『山と私の対話』による)
(注1)あまたの:数多く刻の。
(注2)峻厳さ:厳しさ。
(注3)刻印する:ここでは、刻む。
(注4)地殻:地球の表層部。
(注5)実相:本当の姿。
4. 山の風景画について、筆者はどのように考えているか。
A. 山の姿を描くためには、その山の特徴を強調すべきだ。
B. 山を多様に描くためには、画家は個性を発揮すべきだ。
C. 山への思いは皆違うのだから、その表現も自由であるべきだ。
D. 山の姿は単一ではないのだから、その表現も多様であるべきだ。
Câu 67: 問題4次の(1)から(3)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A
現在の若者世代は、「車離れ」などの言葉に象徴されるように消費に対して消極的な世代だととらえられることが多い。高級車やブラント品などかつて若者が憧れたものに見向きもしない若者が増加しているという。要因の一つとしては、収入が尐なく未来に希望が持てないために節約志向の若者が増えていることがあると言われているが、生まれたときから多くのものに囲まれて育ったおかげで、ものそのものに対する欲求が低いことも挙げられよう。
とはいえ、そのような若者たちも全く消費をしないわけではない。彼らは、単なるものだけではなく、人とのつながりや体験を共有するためにお金を使うのだ。
B
若者の消費実態を俯瞰(注1)すると、今の若者は、デフレや流通環境の進化による消費社会の成熟化、情報通信をはじめとする技術進化の恩恵を受けて、バブル期(注2)の若者よりもお金をかけずに多様な商品・サービスを楽しめる環境にある。安価で高品質な商品・サービスがあふれ、娯楽も多様化していることで、選択できる対象も増えている。こういった変化によって、今の若者では消費に対するモノサシが変わり、「クルマ」や「高級ブランド品」といったバブル期の若者の欲していたものへの興味関心が相対的に薄れているのだろう。
つまり、「若者はお金を使わない」わけでなく、お金を使わなくて済むようになり、価値観の変化により欲するものが変わってきている。
(久我尚子『若者は本当にお金がないのか?――統計データが語る意外な真実』による)
(注1)俯瞰する:ここでは、全体を見る。
(注2)バブル期:1980年代後半から1990年代初頭の、日本の景気が非常によかった時期。
1. 現在の若者の商品傾向について、AとBはどのように述べているか。
A. AもBも、消費の対象が変化していると述べている。
B. AもBも、ものそのものに対する興味関心が低くなったと述べている。
C. Aはものを買わなくなったと述べ、Bは品質にこだわらなくなったと述べている。
D. Aは消費の対象がものではなくなったと述べ、Bは自身のために消費するようになったと述べている。
Câu 68: A
現在の若者世代は、「車離れ」などの言葉に象徴されるように消費に対して消極的な世代だととらえられることが多い。高級車やブラント品などかつて若者が憧れたものに見向きもしない若者が増加しているという。要因の一つとしては、収入が尐なく未来に希望が持てないために節約志向の若者が増えていることがあると言われているが、生まれたときから多くのものに囲まれて育ったおかげで、ものそのものに対する欲求が低いことも挙げられよう。
とはいえ、そのような若者たちも全く消費をしないわけではない。彼らは、単なるものだけではなく、人とのつながりや体験を共有するためにお金を使うのだ。
B
若者の消費実態を俯瞰(注1)すると、今の若者は、デフレや流通環境の進化による消費社会の成熟化、情報通信をはじめとする技術進化の恩恵を受けて、バブル期(注2)の若者よりもお金をかけずに多様な商品・サービスを楽しめる環境にある。安価で高品質な商品・サービスがあふれ、娯楽も多様化していることで、選択できる対象も増えている。こういった変化によって、今の若者では消費に対するモノサシが変わり、「クルマ」や「高級ブランド品」といったバブル期の若者の欲していたものへの興味関心が相対的に薄れているのだろう。
つまり、「若者はお金を使わない」わけでなく、お金を使わなくて済むようになり、価値観の変化により欲するものが変わってきている。
(久我尚子『若者は本当にお金がないのか?――統計データが語る意外な真実』による)
(注1)俯瞰する:ここでは、全体を見る。
(注2)バブル期:1980年代後半から1990年代初頭の、日本の景気が非常によかった時期。
2. 若者の消費傾向の変化の要因について、AとBが共通して指摘している点は何か。。
A. 若者の購買力が下がったこと。
B. 若者が節約を好むようになったこと。
C. 若者がものに恵まれた環境にあること。
D. 若者にとって魅力的なものが尐ないこと。
Câu 69: 問題5以下の質問に答えてください。答えは1・2・3・4からいちばんいいものを一つえらんでください。

1.東あさひ市立博物館“友の会”の会員になると受けることのできるサービルはどれか。
A. 常設展をいつでも割引料金で見学できる。
B. 開催されるすべての特別展にそれぞれ一度だけ無料で入れる。
C. ショップで売られている本や雑誌を10%安く買える。
D. 半年間、毎月無料で博物館発行の情報誌を送ってもらえる。
Câu 70: 
2.ノンさんは、家の近所にある東あさひ市立博物館の“友の会”の会員である。明後日21日に始まる特別展を見に行く予定だが、明日20日で会員期間が終了することに気がついた。21日に会員サービスが利用でき、年会費がより安く済む方法はどれか。
A. 20日までに窓口に行って、継続入会の申し込みをする。
B. 20日までに郵送で、継続入会の申し込みをする。
C. 日に窓口に行って、継続入会の申し込みをする。
D. 21日に窓口に行って、新規入会の申し込みをする。