Câu 1: 問題1___の言葉の読み方として最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
1.申込書にパスポートのコピーを添付した。
A. てんぷ
B. てんふ
C. でんふ
D. でんぷ
Câu 2: 2.学生に慕われる教師になりたい。
A. したわれる
B. したがわれる
C. うやまわれる
D. ともなわれる
Câu 3: 3.商品に破損があった場合は交換いたします。
A. はいん
B. ひいん
C. はそん
D. ひそん
Câu 4: 4.この件は、すでに部長の承諾を得ている。
A. しゅうだく
B. しょうだく
C. しょうにん
D. しゅうにん
Câu 5: 5.庭に淡いピンクの花が咲いている。
A. あさい
B. はかない
C. あわい
D. きよい
Câu 6: 6.個々の事情を考えず、画一的に判断するのはよくない。
A. かくいちてき
B. がいちてき
C. がいつてき
D. かくいつてき
Câu 7: 問題2( )に入れるのに最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
1.現在、工場にあるすべての機械を24 時間( )させて、生産量を増やしている。
Câu 8: 2.世界中でインターネットの利用者数が( )勢いで伸びている。
A. 慌ただしい
B. すさまじい
C. やかましい
D. 勇ましい
Câu 9: 3.海外に赴任したときは、言葉や習慣の違いから様々な困難に( )した。
Câu 10: 4.失敗は誰にでもあるのだから、いつまでも( )していないで、元気を出してよ。
A. くよくよ
B. のろのろ
C. ひっそり
D. ふんわり
Câu 11: 5.二つの発表は優劣をつけ難いが、( )選ぶなら後者のほうだ。
A. よほど
B. いっそう
C. しいて
D. いかにも
Câu 12: 6.以下の条件に一つでも( )する人は、必ず事務室に申し出てください。
Câu 13: 7.机の上に置いたはずのレポートが見つからないが、ほかの書類や資料に( )しまったのだろうか。
A. なじんで
B. 紛れて
C. 絡んで
D. おさまって
Câu 14: 問題3___の言葉に意味が最も近いものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
1. 作品が仕上がったら知らせてください。
A. 届いたら
B. 売れたら
C. 完成したら
D. 受賞したら
Câu 15: 2. 両チームの力は互角だ。
A. 大体同じだ
B. 徐々に離れている
C. 全然違う
D. 徐々に近づいている
Câu 16: 3. お客様からのクレームに対応するのが鈴木さんの仕事です。
Câu 17: 4. 私は職業柄、様々な企業からビジネスに関する助言]求められる。
A. インタビュー
B. アドバイス
C. プレゼン
D. トレーニング
Câu 18: 5. そんなことを言われたら、佐藤さんが錯覚するのもしかたがない。
A. 疑う
B. 勘違いする
C. 焦る
D. 油断する
Câu 19: 6. 観光客が殺到した理由は、そのニュース報道にあったらしい。
A. 急に来なくなった
B. 増え続けた
C. 減り続けた
D. 一度に大勢来た
Câu 20: 問題4次の言葉の使い方として最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
1. 没頭
A. 初めて任された仕事をやり遂げ、充実感に没頭した。
B. 大学院時代は、寝る間も惜しんで専門分野の研究に没頭していた
C. 一日でも早く良くなるように、休暇を取って治療に没頭したい。
D. 林氏は苦労して社長になったのに、全く地位に没頭していない。
Câu 21: 2. 人手
A. 父は一家の人手で、長い間家族を経済的に支えてくれている。
B. 大手メーカーが突然倒産し、大量の人手が職を失うことになった。
C. 祭りの準備には人手が要るので、手伝ってくれる人を探している。
D. この会社では、年齢や性別を問わず、優秀な人手を雇用している。
Câu 22: 3. 今更
A. 発生から10 年以上たつが、この事件は今更解決されていない。
B. この絵に描かれた女性は、今更動き出すかのように生き生きとしている。
C. これは長い間の習慣だから、今更変えるように言われても難しい。
D. 佐藤さんは最初は目立たない社員だったが、今更、会社の中心人物だ。
Câu 23: 4. くまなく
A. 家中をくまなく探したが、結局、鍵は見つからなかった。
B. 4月から公共料金がくまなく値上げされるそうだ。
C. 金庫の中の現金を泥棒にくまなく盗まれてしまった。
D. 小学校時代の友達の名前をくまなく思い出せない。
Câu 24: 5. 安静
A. 試合を観戦した後は興奮が冷めず、なかなか安静になれなかった。
B. 鈴木さんはいつも安静な判断ができるので、頼りにされている。
C. この辺りは緑が多く、安静でとても住みやすいところです。
D. 熱が高いときは、無理をしないで安静にしていてください。
Câu 25: 6. 統合
A. これまでの調査にかかった費用を統合して、金額を報告書に記載した。
B. 来年度から、関連部門を統合して、運営体制を再編することになった。
C. 部屋全体をブルー系の色に統合して、落ち着いた印象に変えてみた。
D. A 班とB 班は違う登山口から山に入り、2時間後に統合する予定だ。
Câu 26: 文法 問題1次の文の( )に入れるのに最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
1.世間はオリンピックの話題で盛り上がっているが、私はオリンピックには( )興味がない。
A. とうとう
B. 二度と
C. まるで
D. たとえ
Câu 27: 2.みんな「幸せになりたい。」と言うが、そもそも何( )幸せとするのだろうか。
A. にむけて
B. をもって
C. をめぐって
D. につれて
Câu 28: 3.(女優に対するインタビューで)
A「女優になろうと思われたきっかけは何だったんですか。」
B「高校生のときに初めて見たお芝居に感動して、女優になろうと決めたんです。あのときあのお芝居を( )、女優になることはなかったと思います。」
A. 見たとしたら
B. 見ようが
C. 見なかったにしろ
D. 見ていなければ
Câu 29: 4.調査の結果、南北川の水質汚染の原因はA 社の工場にあることが明らかになったにもかかわらず、A社は決してそれを( )。
A. 認めようとはしなかった
B. 認めるほかはなかった
C. 認めないでもなかった
D. 認めねばならなかった
Câu 30: 5.学生時代によく通ったこの喫茶店に来ると、あのころのことが昨日のことのように( )。
A. 思い出す
B. 思い出すだろう
C. 思い出させた
D. 思い出せる
Câu 31: 6.日本近海で海水の酸性化が認められたという。海の生態系に大きな影響が( )遅い。早急な対策が求められる。
A. 出たせいなのかは
B. 出てからでは
C. 出てしまうかは
D. 出たばかりでは
Câu 32: 7.高さ700 メートルを超すこの超高層ビルは、高成長を続けるA 国の象徴( )存在となっている。
A. ともいうべき
B. にするべく
C. があるらしい
D. でもなるような
Câu 33: 8.初めて自分でみそを作った。実際に作ってみて、時間はかかるが、意外と簡単に( )と思った。
A. 作るまでだ
B. 作るに限る
C. 作れるものだ
D. 作っただけのことはある
Câu 34: 9.(レストランで)
妻「ねえ、森さんは30 分くらい遅れるんだって。」
夫「じゃあ、先に食べ物、( )。お腹がすいててさ。」
妻「そうだね。食べながら森さん待とう。」
夫「うん。」
A. 頼んどけないよ
B. 頼んどかないで
C. 頼んじゃうんじゃないよね
D. 頼んじゃわないか
Câu 35: 10.田中「部長、先日提出した書類なんですが、あれで大丈夫でしょうか。」
部長「あ、ごめん。まだ見てない。」
田中「そうですか。すみませんが、なるべく早く( )。」
A. 見ていただくんでしょうか
B. 見ていただけると助かるんですが
C. 見ていだだいたと思うんですが
D. 見ていただいてはいかがでしょうか
Câu 36: 問題2次の文の_★_に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
1.新入社員には、一斉研修よりも現場で直接指導したほうがいい。例えば、___ ★ ___ ___ 場だと場面に応じて指導できるので、成長も早い。
A. ひとつに
B. しても
C. メールの書き方
D. そうで
Câu 37: 2.僕みたいに ___ ___ ★ ___ かもしれないが、僕は、お金よりもやりがいを重視して仕事を選んだほうが、幸せになれると思う。
A. 学生が
B. 説得力がない
C. 働いたことがない
D. 言っても
Câu 38: 3.(本のあとがきで)皆さんが国際経済を理解するために、この本が ___ ___ ★ ___ 喜びはありません。
A. お役に立てば
B. これ以上の
C. 著者として
D. 少しでも
Câu 39: 4.先生「今からディスカッションを始めますが、一つ注意点があります。___ ___ ★ ___ 聞くようにしてください。」
A. 言っていることに
B. 反論したくなっても
C. 相手が
D. まずは相手の話を
Câu 40: 5.出張の帰りに空港の売店で、家族 ___ ___ ★ ___ 人気の紅茶クッキーを買った
Câu 41: 問題3次の文章を読んで、文章全体の内容を考えて、(1)から(5)の中に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
以下は、「夫婦格差社会」(橘木俊詔、迫田さやか著)についての書評である。
貧困問題や格差問題は、個人単位で語られることが一般的だった。本書は、日本の格差研究の第一人者が、夫婦単位で格差問題を考えることの重要性を訴えるもの ..①.. 。
これまで経済学の研究者の間では、結婚は所得格差を縮小するという説が有力だった。その理由は、夫の稼ぎの多寡(注1)が妻の就労に影響すると考えられてきたからである。..②.. 、夫の所得が多ければ、妻は専業主婦となり、逆に少なければ妻が家計を助けるため働きに出るということだ。
著者らはさまざまな統計を駆使しつつ、この仮説の妥当性を検証していく。まず、近年では、夫の所得が増えても妻の有業率(注2)が下がっていないことを示す。結婚後も女性が働きつづけることが以前より一般的に..③.. 。次に、働いている妻の所得格差が年々大きくなっていることから、妻の就業によって夫婦の所得格差は広がる可能性が高いことを示す。そして、日本にも高所得者同士のパワーカップル、低所得者同士のウィークカップルが少なからず存在するため、夫婦単位の所得格差にさらに拍車がかかっていると説明する。..④.. 生まれる格差は若年夫婦で群を抜いて大きい。
離婚が所得格差に与える影響を分析しているのも本書の特徴だ。外国と異なり、日本では低学歴のカップルほど離婚率が高いという。さらに、夫の失業も離婚率を高める原因となるそうだ。これらはともに貧困につながる。「金の切れ目が縁の切れ目」と著者はいうが、なんともやりきれない気持ちにさせる。
このように格差や貧困をテーマとするだけに、本書にはどうしても暗い話題が多くなりがちだ。しかし、それでも最後まで読者を引きつけるのは、その行間から経済的弱者に対する著者たちのやさしい目線が伝わってくるからだろう。今後の日本社会のあるべき姿を考える上でも大いに勉強になる..⑤.. 。
(中島隆信読売新聞2013 年3 月24 日付朝刊による)
(注1) 多寡(たか):多いか少ないか
(注2)有業率:仕事に就いている割合
①に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A. だからなのか
B. であったのか
C. だからであろう
D. である
Câu 42: 問題3次の文章を読んで、文章全体の内容を考えて、(1)から(5)の中に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
以下は、「夫婦格差社会」(橘木俊詔、迫田さやか著)についての書評である。
貧困問題や格差問題は、個人単位で語られることが一般的だった。本書は、日本の格差研究の第一人者が、夫婦単位で格差問題を考えることの重要性を訴えるもの ..①.. 。
これまで経済学の研究者の間では、結婚は所得格差を縮小するという説が有力だった。その理由は、夫の稼ぎの多寡(注1)が妻の就労に影響すると考えられてきたからである。..②.. 、夫の所得が多ければ、妻は専業主婦となり、逆に少なければ妻が家計を助けるため働きに出るということだ。
著者らはさまざまな統計を駆使しつつ、この仮説の妥当性を検証していく。まず、近年では、夫の所得が増えても妻の有業率(注2)が下がっていないことを示す。結婚後も女性が働きつづけることが以前より一般的に..③.. 。次に、働いている妻の所得格差が年々大きくなっていることから、妻の就業によって夫婦の所得格差は広がる可能性が高いことを示す。そして、日本にも高所得者同士のパワーカップル、低所得者同士のウィークカップルが少なからず存在するため、夫婦単位の所得格差にさらに拍車がかかっていると説明する。..④.. 生まれる格差は若年夫婦で群を抜いて大きい。
離婚が所得格差に与える影響を分析しているのも本書の特徴だ。外国と異なり、日本では低学歴のカップルほど離婚率が高いという。さらに、夫の失業も離婚率を高める原因となるそうだ。これらはともに貧困につながる。「金の切れ目が縁の切れ目」と著者はいうが、なんともやりきれない気持ちにさせる。
このように格差や貧困をテーマとするだけに、本書にはどうしても暗い話題が多くなりがちだ。しかし、それでも最後まで読者を引きつけるのは、その行間から経済的弱者に対する著者たちのやさしい目線が伝わってくるからだろう。今後の日本社会のあるべき姿を考える上でも大いに勉強になる..⑤.. 。
(中島隆信読売新聞2013 年3 月24 日付朝刊による)
(注1) 多寡(たか):多いか少ないか
(注2)有業率:仕事に就いている割合
②に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A. もっとも
B. しかも
C. すなわち
D. それどころか
Câu 43: 問題3次の文章を読んで、文章全体の内容を考えて、(1)から(5)の中に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
以下は、「夫婦格差社会」(橘木俊詔、迫田さやか著)についての書評である。
貧困問題や格差問題は、個人単位で語られることが一般的だった。本書は、日本の格差研究の第一人者が、夫婦単位で格差問題を考えることの重要性を訴えるもの ..①.. 。
これまで経済学の研究者の間では、結婚は所得格差を縮小するという説が有力だった。その理由は、夫の稼ぎの多寡(注1)が妻の就労に影響すると考えられてきたからである。..②.. 、夫の所得が多ければ、妻は専業主婦となり、逆に少なければ妻が家計を助けるため働きに出るということだ。
著者らはさまざまな統計を駆使しつつ、この仮説の妥当性を検証していく。まず、近年では、夫の所得が増えても妻の有業率(注2)が下がっていないことを示す。結婚後も女性が働きつづけることが以前より一般的に..③.. 。次に、働いている妻の所得格差が年々大きくなっていることから、妻の就業によって夫婦の所得格差は広がる可能性が高いことを示す。そして、日本にも高所得者同士のパワーカップル、低所得者同士のウィークカップルが少なからず存在するため、夫婦単位の所得格差にさらに拍車がかかっていると説明する。..④.. 生まれる格差は若年夫婦で群を抜いて大きい。
離婚が所得格差に与える影響を分析しているのも本書の特徴だ。外国と異なり、日本では低学歴のカップルほど離婚率が高いという。さらに、夫の失業も離婚率を高める原因となるそうだ。これらはともに貧困につながる。「金の切れ目が縁の切れ目」と著者はいうが、なんともやりきれない気持ちにさせる。
このように格差や貧困をテーマとするだけに、本書にはどうしても暗い話題が多くなりがちだ。しかし、それでも最後まで読者を引きつけるのは、その行間から経済的弱者に対する著者たちのやさしい目線が伝わってくるからだろう。今後の日本社会のあるべき姿を考える上でも大いに勉強になる..⑤.. 。
(中島隆信読売新聞2013 年3 月24 日付朝刊による)
(注1) 多寡(たか):多いか少ないか
(注2)有業率:仕事に就いている割合
③に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A. なってきたのだ
B. なると考えるはずだ
C. なっていたはずだ
D. なっていると思うのだ
Câu 44: 問題3次の文章を読んで、文章全体の内容を考えて、(1)から(5)の中に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
以下は、「夫婦格差社会」(橘木俊詔、迫田さやか著)についての書評である。
貧困問題や格差問題は、個人単位で語られることが一般的だった。本書は、日本の格差研究の第一人者が、夫婦単位で格差問題を考えることの重要性を訴えるもの ..①.. 。
これまで経済学の研究者の間では、結婚は所得格差を縮小するという説が有力だった。その理由は、夫の稼ぎの多寡(注1)が妻の就労に影響すると考えられてきたからである。..②.. 、夫の所得が多ければ、妻は専業主婦となり、逆に少なければ妻が家計を助けるため働きに出るということだ。
著者らはさまざまな統計を駆使しつつ、この仮説の妥当性を検証していく。まず、近年では、夫の所得が増えても妻の有業率(注2)が下がっていないことを示す。結婚後も女性が働きつづけることが以前より一般的に..③.. 。次に、働いている妻の所得格差が年々大きくなっていることから、妻の就業によって夫婦の所得格差は広がる可能性が高いことを示す。そして、日本にも高所得者同士のパワーカップル、低所得者同士のウィークカップルが少なからず存在するため、夫婦単位の所得格差にさらに拍車がかかっていると説明する。..④.. 生まれる格差は若年夫婦で群を抜いて大きい。
離婚が所得格差に与える影響を分析しているのも本書の特徴だ。外国と異なり、日本では低学歴のカップルほど離婚率が高いという。さらに、夫の失業も離婚率を高める原因となるそうだ。これらはともに貧困につながる。「金の切れ目が縁の切れ目」と著者はいうが、なんともやりきれない気持ちにさせる。
このように格差や貧困をテーマとするだけに、本書にはどうしても暗い話題が多くなりがちだ。しかし、それでも最後まで読者を引きつけるのは、その行間から経済的弱者に対する著者たちのやさしい目線が伝わってくるからだろう。今後の日本社会のあるべき姿を考える上でも大いに勉強になる..⑤.. 。
(中島隆信読売新聞2013 年3 月24 日付朝刊による)
(注1) 多寡(たか):多いか少ないか
(注2)有業率:仕事に就いている割合
④に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A. こうして
B. ああして
C. これらまで
D. あれらから
Câu 45: 問題3次の文章を読んで、文章全体の内容を考えて、(1)から(5)の中に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
以下は、「夫婦格差社会」(橘木俊詔、迫田さやか著)についての書評である。
貧困問題や格差問題は、個人単位で語られることが一般的だった。本書は、日本の格差研究の第一人者が、夫婦単位で格差問題を考えることの重要性を訴えるもの ..①.. 。
これまで経済学の研究者の間では、結婚は所得格差を縮小するという説が有力だった。その理由は、夫の稼ぎの多寡(注1)が妻の就労に影響すると考えられてきたからである。..②.. 、夫の所得が多ければ、妻は専業主婦となり、逆に少なければ妻が家計を助けるため働きに出るということだ。
著者らはさまざまな統計を駆使しつつ、この仮説の妥当性を検証していく。まず、近年では、夫の所得が増えても妻の有業率(注2)が下がっていないことを示す。結婚後も女性が働きつづけることが以前より一般的に..③.. 。次に、働いている妻の所得格差が年々大きくなっていることから、妻の就業によって夫婦の所得格差は広がる可能性が高いことを示す。そして、日本にも高所得者同士のパワーカップル、低所得者同士のウィークカップルが少なからず存在するため、夫婦単位の所得格差にさらに拍車がかかっていると説明する。..④.. 生まれる格差は若年夫婦で群を抜いて大きい。
離婚が所得格差に与える影響を分析しているのも本書の特徴だ。外国と異なり、日本では低学歴のカップルほど離婚率が高いという。さらに、夫の失業も離婚率を高める原因となるそうだ。これらはともに貧困につながる。「金の切れ目が縁の切れ目」と著者はいうが、なんともやりきれない気持ちにさせる。
このように格差や貧困をテーマとするだけに、本書にはどうしても暗い話題が多くなりがちだ。しかし、それでも最後まで読者を引きつけるのは、その行間から経済的弱者に対する著者たちのやさしい目線が伝わってくるからだろう。今後の日本社会のあるべき姿を考える上でも大いに勉強になる..⑤.. 。
(中島隆信読売新聞2013 年3 月24 日付朝刊による)
(注1) 多寡(たか):多いか少ないか
(注2)有業率:仕事に就いている割合
⑤に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A. 一冊がいい
B. 一冊といえる
C. 一冊でありたい
D. 一冊を知っている
Câu 46: 読解
問題1次の文章を読んで、文章全体の内容を考えて、以下の中に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
「できる人のモノサシ」は、ごく一部であるエリートにしか通用しません。でも大多数に属している平凡な自分がもつ「ふつうのモノサシ」は、世の中の多くの人に通用するモノサシです。その「ふつうのモノサシ」からこそ、多くの人に共感されるヒット商品が生み出せると思うのです。
自分は平凡だとか、つまらない人間だと思っている人にこそ、「売れる発想」がわき、「売れるシナリオ」が組み立てられ、「売れる商品」をつくれるのではないか。私はそんなふうに考えています。
(吉川美樹『半径1 メートルの「売れる!」発想術』による)
1.「売れる商品」をつくれるとあるが、なぜか。
A. 平凡な人は自身のモノサシを大多数の人に合わせて変えられるから
B. 平凡な人は自身のモノサシが世の中に通用すると理解しているから
C. 平凡な人はエリートより独創的なモノサシをもっているから
D. 平凡な人は大多数の人に受け入れられるモノサシをもっているから
Câu 47: グーテンベルクの活版印刷革命から約500 年、今世紀、デジタル技術による情報爆発の時代が始まった。だれもが発信者になるインターネット世界で、すでに情報は飽和している。すると、「いかに蓄積された情報を統合的に再利用するか」がキー(注)になる。大量に蓄積された情報の中から、重要なものを発堀して新たな創造に結びつけていく技術。それは古代から書物を大量に蓄積し、索引検索によって利用できるようにしてきた図書館の基本システムそのものだ。図書館は、私たちが思っているよりはるかに未来的なものだ。
(朝日新聞グロープ2013 年8 月18 日付による)
(注)キー:ここでは、重要な点
2.未来的とあるが、どのような点が未来的なのか。
A. インターネット世界よりも情報を検索する仕組みが優れている点
B. インターネット世界と同様に情報の蓄積と検索の仕組みがある点
C. インターネット世界と同様にだれもが自由自在に情報を検索できる点
D. インターネット世界では見られない古代からの情報を蓄積している点
Câu 48: 職業として芸術家や学者、あるいは創造にかかわるひとびととは生涯コドモとしての部分がその作品をつくる。その部分の水分が蒸発せぬよう心がけねばならないが、このことは生活人のすべてに通じることである。万人にとって感動のある人生を送るためには、自分のなかのコドモを蒸発させてはならない。じつをいうと、この世のたいていの職業は、オトナの部分で成立している。とくに法律や経理のビジネスの分野はそうである。ところが、うれしいことに、そういう職業人のなかに豊(ほう)潤(じゅん)な鑑賞家や趣味人が多い。
(司馬遼太郎『風塵抄』による)
3.うれしいことにとあるが、何がうれしいのか。
A. この世のたいていの職業は、コドモの部分も必要としていること
B. コドモの部分で成立している職業の人は、感動のある人生を送れること
C. コドモの部分を持っていれば、オトナの部分で成立している職業に就けること
D. オトナの部分で成立している職業の人でも、コドモの部分を持ち続けていること
Câu 49: 我々は裸の眼でものを見ているように思っているが、実際そうではない。我々は、常識という色眼鏡でものを見ている。そして、常識を作ったのは、過去の偉大な人間であり、その偉大な人間はある学問や芸術を創(つく)り出し、そして、新しく世界を見る眼を我々に教えた。その眼が歴史的に我々に伝承され、我々はその眼でもって、ものを見、しかも裸の眼でものを見ていると思っている。しかし、一つの眼である限り、それは世界を歪(ゆが)んで見ているのである。その眼からはどうしても見えない何かがあるのである。
(梅原猛『饗宴―梅原猛随想と対話』による)
4.この文章で筆者が述べていることは何か。
A. 我々は裸の眼でものを見ている限り、世界のすべてを見ることはできない。
B. 我々は過去の偉大な人間と同じ見方で世界を見ていると思い込んでいる。
C. 我々は常識に縛られているために、見えるものが限られている。
D. 4 我々は常識という色眼鏡を外して裸の眼で世界を見るべきだ。
Câu 50: 問題2次の(1)から(5)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
私たちは、日々、大量の情報を処理しなければならない現代において、本もまた、「できるだけ速く、たくさん読まなければいけない」という一種の強(きょう)迫(はく)(注1)観念にとらわれている。「速読コンプレックス」と言い換えてもいいかもしれない。しかも、楽をしてそれができるのであれば、言うことはない。巷(ちまた)に溢(あふ)れかえっている速読法を説く本は、そうした心理に巧みにつけこむ(注2)ように書かれている。
もちろん、時と場合によっては、速く読むことも必要だろう。「明日までに大量の資料を読んで書類を作らなければいけない」といった状況下では、速読や斜め読み(注3)は避けられないだろう。しかしそれは、単に一時的な情報の処理であり、書かれた内容を十分に理解し、その知識を、自分の財産として身につけるための読書ではない。単に、情報の渦の中に否応(いやおう)なく巻き込まれてしまっているだけで、自分の人生を、今日のこの瞬間までよりも、さらに豊かで、個性的なものにするための読書ではないのである。
読書を楽しむ秘(ひ)訣(けつ)は、何よりも、「速読コンプレックス」から解放されることである!本を速く読まなければならない理由は何もない。速く読もうと思えば、速く読めるような内容の薄い本へと自然と手が伸びがちである。その反対に、ゆっくり読むことを心がけていれば、時間をかけるにふさわしい、手(て)応(ごた)えのある本を好むようになるだろう。
(平野啓一郎『本の読み方スロー・リーディングの実践』による)
(注1)強(きょう)迫(はく)観念にとらわれている:ここでは、強い思いから逃げられない
(注2)~に巧みにつけこむ:ここでは、~をうまく利用する
(注3)斜め読み:ざっと読むこと
1. そうした心理とあるが、どのような心理か。
A. 本をたくさん読めるようになりたい
B. 大した努力なしに速読法を身につけたい
C. 「速読コンプレックス」に縛られずに読みたい
D. 内容を理解しなければという思いから解放されたい
Câu 51: 問題2次の(1)から(5)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
私たちは、日々、大量の情報を処理しなければならない現代において、本もまた、「できるだけ速く、たくさん読まなければいけない」という一種の強(きょう)迫(はく)(注1)観念にとらわれている。「速読コンプレックス」と言い換えてもいいかもしれない。しかも、楽をしてそれができるのであれば、言うことはない。巷(ちまた)に溢(あふ)れかえっている速読法を説く本は、そうした心理に巧みにつけこむ(注2)ように書かれている。
もちろん、時と場合によっては、速く読むことも必要だろう。「明日までに大量の資料を読んで書類を作らなければいけない」といった状況下では、速読や斜め読み(注3)は避けられないだろう。しかしそれは、単に一時的な情報の処理であり、書かれた内容を十分に理解し、その知識を、自分の財産として身につけるための読書ではない。単に、情報の渦の中に否応(いやおう)なく巻き込まれてしまっているだけで、自分の人生を、今日のこの瞬間までよりも、さらに豊かで、個性的なものにするための読書ではないのである。
読書を楽しむ秘(ひ)訣(けつ)は、何よりも、「速読コンプレックス」から解放されることである!本を速く読まなければならない理由は何もない。速く読もうと思えば、速く読めるような内容の薄い本へと自然と手が伸びがちである。その反対に、ゆっくり読むことを心がけていれば、時間をかけるにふさわしい、手(て)応(ごた)えのある本を好むようになるだろう。
(平野啓一郎『本の読み方スロー・リーディングの実践』による)
(注1)強(きょう)迫(はく)観念にとらわれている:ここでは、強い思いから逃げられない
(注2)~に巧みにつけこむ:ここでは、~をうまく利用する
(注3)斜め読み:ざっと読むこと
2. 筆者によると、速読をしなければならないのはどのようなときか。
A. 情報の渦の中に巻き込まれないようにするとき
B. 多くの情報を急いで処理しなければならないとき
C. 多くの知識を自分のものとして蓄えようとするとき
D. 社会の変化の速さに取り残されないようにするとき
Câu 52: 問題2次の(1)から(5)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
私たちは、日々、大量の情報を処理しなければならない現代において、本もまた、「できるだけ速く、たくさん読まなければいけない」という一種の強(きょう)迫(はく)(注1)観念にとらわれている。「速読コンプレックス」と言い換えてもいいかもしれない。しかも、楽をしてそれができるのであれば、言うことはない。巷(ちまた)に溢(あふ)れかえっている速読法を説く本は、そうした心理に巧みにつけこむ(注2)ように書かれている。
もちろん、時と場合によっては、速く読むことも必要だろう。「明日までに大量の資料を読んで書類を作らなければいけない」といった状況下では、速読や斜め読み(注3)は避けられないだろう。しかしそれは、単に一時的な情報の処理であり、書かれた内容を十分に理解し、その知識を、自分の財産として身につけるための読書ではない。単に、情報の渦の中に否応(いやおう)なく巻き込まれてしまっているだけで、自分の人生を、今日のこの瞬間までよりも、さらに豊かで、個性的なものにするための読書ではないのである。
読書を楽しむ秘(ひ)訣(けつ)は、何よりも、「速読コンプレックス」から解放されることである!本を速く読まなければならない理由は何もない。速く読もうと思えば、速く読めるような内容の薄い本へと自然と手が伸びがちである。その反対に、ゆっくり読むことを心がけていれば、時間をかけるにふさわしい、手(て)応(ごた)えのある本を好むようになるだろう。
(平野啓一郎『本の読み方スロー・リーディングの実践』による)
(注1)強(きょう)迫(はく)観念にとらわれている:ここでは、強い思いから逃げられない
(注2)~に巧みにつけこむ:ここでは、~をうまく利用する
(注3)斜め読み:ざっと読むこと
3. 筆者によると、読書を楽しむにはどうすればよいか。
A. 手応えのある本を繰り返し読む
B. 本の内容に応じて速さを変えて読む
C. 速さにこだわらずできるだけ多くの本を読む
D. 速さや量にこだわらず時間をかけて本を読む
Câu 53: 中学生や高校生の頃(ころ)、歴史の時間が退屈だった。 (中略)
そんな私が四十歳の頃(ころ)から歴史に興味を持ち始めた。何かを調べるとその辺りに知識の島ができ、別のことを調べるとまた別の島ができる。そのうちに孤立していたはずの二つの島が橋でつながる。「こういうことだったのか」という①驚きがある。一見関係のなさそうな二つのものが結びつくという意外性は、自然科学における醍(だい)醐(ご)味(み)の最たるものでもある。歴史を調べれば調べるほど島々がネットワークのように結ばれて行く。人間や情報は地球上を移動するから当然なのだが、ネットワークの構築はなぜか脳にすこぶる心地よい。その上あらゆる現象に人間が絡んでいて余計に面白い。②歴史とは地球を舞台とした途(と)方(ほう)もなく(注1)壮大な演劇なのだ。自分や先祖も舞台の隅の隅の隅で参加している。それに人間の本質は変わらないから、人は似た状況で似たヘマ(注2)を何度も繰返す。だから現在を考えるのに実に役立つ。
若い頃(ころ)にこの面白さに気付いていれば、今と違い記憶力もよかったから強大かつ緻(ち)密(みつ)なネットワークを完成することができ演劇をもっと深く味わえたのにとも思う。無理だったかも知れない。中年にさしかかって初めてこれまで生きてきた、そしてそう遠くない将来に消える自分の立位置を確かめたくなるからだ。家系を調べたくなったり先祖や自らがどのような時代の流れの中で生を受け生を営んできたかを知りたくなる。無邪気なままこの世から退場したくなくなるのだ。十代で歴史に興味を持つ者の気持は私には不思議だが、中年になって歴史に興味を持たない者の気持はそれ以上に不思議だ。
(藤原正彦『週刊新潮』2010 年10 月28 日号による)
(注1)途(と)方(ほう)もない:とんでもない。比べるものもない。
(注2 )ヘマ:失敗
1. ①驚きがあるとあるが、なぜ驚いたのか。
A. 調べれば調べるほど、歴史の新しい事実がわかってくるから
B. 自分は歴史が嫌いだと思っていたが、実は好きであることを発見したから
C. 全く別だと思っていたものの間に、思いがけない関連性が見えてくるから
D. 関連性があると思っていたものが、全く関係がないことがわかったから
Câu 54: 中学生や高校生の頃(ころ)、歴史の時間が退屈だった。 (中略)
そんな私が四十歳の頃(ころ)から歴史に興味を持ち始めた。何かを調べるとその辺りに知識の島ができ、別のことを調べるとまた別の島ができる。そのうちに孤立していたはずの二つの島が橋でつながる。「こういうことだったのか」という①驚きがある。一見関係のなさそうな二つのものが結びつくという意外性は、自然科学における醍(だい)醐(ご)味(み)の最たるものでもある。歴史を調べれば調べるほど島々がネットワークのように結ばれて行く。人間や情報は地球上を移動するから当然なのだが、ネットワークの構築はなぜか脳にすこぶる心地よい。その上あらゆる現象に人間が絡んでいて余計に面白い。②歴史とは地球を舞台とした途(と)方(ほう)もなく(注1)壮大な演劇なのだ。自分や先祖も舞台の隅の隅の隅で参加している。それに人間の本質は変わらないから、人は似た状況で似たヘマ(注2)を何度も繰返す。だから現在を考えるのに実に役立つ。
若い頃(ころ)にこの面白さに気付いていれば、今と違い記憶力もよかったから強大かつ緻(ち)密(みつ)なネットワークを完成することができ演劇をもっと深く味わえたのにとも思う。無理だったかも知れない。中年にさしかかって初めてこれまで生きてきた、そしてそう遠くない将来に消える自分の立位置を確かめたくなるからだ。家系を調べたくなったり先祖や自らがどのような時代の流れの中で生を受け生を営んできたかを知りたくなる。無邪気なままこの世から退場したくなくなるのだ。十代で歴史に興味を持つ者の気持は私には不思議だが、中年になって歴史に興味を持たない者の気持はそれ以上に不思議だ。
(藤原正彦『週刊新潮』2010 年10 月28 日号による)
(注1)途(と)方(ほう)もない:とんでもない。比べるものもない。
(注2 )ヘマ:失敗
2. 筆者が考える②歴史とはどのようなものか。
A. 先祖や自分たちもかかわって作ってきたドラマ
B. 自分たちの先祖が残した完成されたドラマ
C. 自分が生きてきた時代を映したドラマ
D. 過去の人間が複雑に絡んでいるドラマ
Câu 55: 中学生や高校生の頃(ころ)、歴史の時間が退屈だった。 (中略)
そんな私が四十歳の頃(ころ)から歴史に興味を持ち始めた。何かを調べるとその辺りに知識の島ができ、別のことを調べるとまた別の島ができる。そのうちに孤立していたはずの二つの島が橋でつながる。「こういうことだったのか」という①驚きがある。一見関係のなさそうな二つのものが結びつくという意外性は、自然科学における醍(だい)醐(ご)味(み)の最たるものでもある。歴史を調べれば調べるほど島々がネットワークのように結ばれて行く。人間や情報は地球上を移動するから当然なのだが、ネットワークの構築はなぜか脳にすこぶる心地よい。その上あらゆる現象に人間が絡んでいて余計に面白い。②歴史とは地球を舞台とした途(と)方(ほう)もなく(注1)壮大な演劇なのだ。自分や先祖も舞台の隅の隅の隅で参加している。それに人間の本質は変わらないから、人は似た状況で似たヘマ(注2)を何度も繰返す。だから現在を考えるのに実に役立つ。
若い頃(ころ)にこの面白さに気付いていれば、今と違い記憶力もよかったから強大かつ緻(ち)密(みつ)なネットワークを完成することができ演劇をもっと深く味わえたのにとも思う。無理だったかも知れない。中年にさしかかって初めてこれまで生きてきた、そしてそう遠くない将来に消える自分の立位置を確かめたくなるからだ。家系を調べたくなったり先祖や自らがどのような時代の流れの中で生を受け生を営んできたかを知りたくなる。無邪気なままこの世から退場したくなくなるのだ。十代で歴史に興味を持つ者の気持は私には不思議だが、中年になって歴史に興味を持たない者の気持はそれ以上に不思議だ。
(藤原正彦『週刊新潮』2010 年10 月28 日号による)
(注1)途(と)方(ほう)もない:とんでもない。比べるものもない。
(注2 )ヘマ:失敗
3. 筆者の気持ちに合っているものはどれか。
A. 若いうちは歴史に興味がないのに中年になって自然に興味がわいてくるのは驚きだ
B. 少しでも歴史を学べば時代の流れの中での自分の位置を知りたくなるのは当然だ
C. 中年になって歴史における自分の位置を知ろうとしない人もいることは意外だ
D. 十代のうちに歴史に関する知識のネットワークを構築しておくことが大切だ
Câu 56: 人類は、「都市」という空間をつくったときに、それまでの部族的(注1)、あるいは村落的な社会空間とは本質的に異なる社会空間を経験した。村落においては人々は、共に生き、共に死んでいくものとして、互(たがい)のこと、そのまた親の世代のこと、祖先のことまで熟知していることを前提とした社会的な関係を形成する。都市の街頭においては、人々は、互(たがい)の匿名性を前提として、見ず知らずの他人同士の視線によるコミュニケーションを交わす。都市のなかの市場では相手の人柄や家族のことなどなにも知らないことを前提とした商品の売買や機能的な結びつきを形成する。さらにそれを恒常化した組織も、村落の人と人の関係とは違って人々の分業を最適な状態で実現するための機能的なつながりである。
都市の社会空間の経験は、人類にとっての社会のイメージを決定的に変えたし、したがって自己のイメージも変えた。人々は、自分を個人という単位として意識する機会が多くなり、財は一族(注2)や集団のものではなく、個人のものと意識され、才能は個々の人間の属性(注3)として考えられるようになった。都市の人間の間にも、うわさが飛び交うような口頭のコミュニケーションは発達したが、都市社会が大型化し、複雑化するにしたがって、それだけでは情報の共有に不安定性が拡大してくる。マスメデイアは、誰でもアクセス可能であることを原理とする一方向の公開型メデイアである。そのため、都市型のコミュニケーションを補完(注4)し、あるいはそれを強化する機能をになっている。
(成田康昭『メデイア空間文化論―いくつもの私との遭遇』による)
(注1)部族:共通の文化を持つ地域的集団
(注2)一族:血縁関係の集団
(注3)属性:人やものに備わる固有の性質
(注4)補完する:補う
1. 都市の社会空間の特徴について、筆者はどのように述べているか。
A. 人々が他人に関心を持たず、社会的なつながりが希薄になっている。
B. 人々が互を知らないことを前提として、機能で結びついている。
C. 人々が相手との親密さより、機能的なつながりを優先している。
D. 人々が匿名性を前提としたコミュニケーションを好んでいる。
Câu 57: 人類は、「都市」という空間をつくったときに、それまでの部族的(注1)、あるいは村落的な社会空間とは本質的に異なる社会空間を経験した。村落においては人々は、共に生き、共に死んでいくものとして、互(たがい)のこと、そのまた親の世代のこと、祖先のことまで熟知していることを前提とした社会的な関係を形成する。都市の街頭においては、人々は、互(たがい)の匿名性を前提として、見ず知らずの他人同士の視線によるコミュニケーションを交わす。都市のなかの市場では相手の人柄や家族のことなどなにも知らないことを前提とした商品の売買や機能的な結びつきを形成する。さらにそれを恒常化した組織も、村落の人と人の関係とは違って人々の分業を最適な状態で実現するための機能的なつながりである。
都市の社会空間の経験は、人類にとっての社会のイメージを決定的に変えたし、したがって自己のイメージも変えた。人々は、自分を個人という単位として意識する機会が多くなり、財は一族(注2)や集団のものではなく、個人のものと意識され、才能は個々の人間の属性(注3)として考えられるようになった。都市の人間の間にも、うわさが飛び交うような口頭のコミュニケーションは発達したが、都市社会が大型化し、複雑化するにしたがって、それだけでは情報の共有に不安定性が拡大してくる。マスメデイアは、誰でもアクセス可能であることを原理とする一方向の公開型メデイアである。そのため、都市型のコミュニケーションを補完(注4)し、あるいはそれを強化する機能をになっている。
(成田康昭『メデイア空間文化論―いくつもの私との遭遇』による)
(注1)部族:共通の文化を持つ地域的集団
(注2)一族:血縁関係の集団
(注3)属性:人やものに備わる固有の性質
(注4)補完する:補う
2. 都市の社会空間の経験によって、人々の自己に対する意識はどう変わったか。
A. 集団のなかの一員という立場を意識するようになった。
B. 個人であるということをより強く自覚するようになった。
C. 自分が果たすべき義務をより明確に意識するようになった。
D. 自分の才能は社会のなかで生かすべきものだと考えるようになった。
Câu 58: 人類は、「都市」という空間をつくったときに、それまでの部族的(注1)、あるいは村落的な社会空間とは本質的に異なる社会空間を経験した。村落においては人々は、共に生き、共に死んでいくものとして、互(たがい)のこと、そのまた親の世代のこと、祖先のことまで熟知していることを前提とした社会的な関係を形成する。都市の街頭においては、人々は、互(たがい)の匿名性を前提として、見ず知らずの他人同士の視線によるコミュニケーションを交わす。都市のなかの市場では相手の人柄や家族のことなどなにも知らないことを前提とした商品の売買や機能的な結びつきを形成する。さらにそれを恒常化した組織も、村落の人と人の関係とは違って人々の分業を最適な状態で実現するための機能的なつながりである。
都市の社会空間の経験は、人類にとっての社会のイメージを決定的に変えたし、したがって自己のイメージも変えた。人々は、自分を個人という単位として意識する機会が多くなり、財は一族(注2)や集団のものではなく、個人のものと意識され、才能は個々の人間の属性(注3)として考えられるようになった。都市の人間の間にも、うわさが飛び交うような口頭のコミュニケーションは発達したが、都市社会が大型化し、複雑化するにしたがって、それだけでは情報の共有に不安定性が拡大してくる。マスメデイアは、誰でもアクセス可能であることを原理とする一方向の公開型メデイアである。そのため、都市型のコミュニケーションを補完(注4)し、あるいはそれを強化する機能をになっている。
(成田康昭『メデイア空間文化論―いくつもの私との遭遇』による)
(注1)部族:共通の文化を持つ地域的集団
(注2)一族:血縁関係の集団
(注3)属性:人やものに備わる固有の性質
(注4)補完する:補う
3. 都市社会におけるマスメディアについて、筆者はどのようにとらえているか。
A. 人々の間の情報共有を安定させている。
B. 人々の社会的な関係を強化している。
C. 情報の複雑化を抑制している。
D. 口頭のコミュニケーションの発達を促している。
Câu 59: 問題3次の文章を読んで、質問に答えなさい。答えは、1・2・3・4から最もよいものを一つえらびなさい。
私は、一人の作曲家として、色々な機会に、自分の作曲について語ってきた。しかしそれは、私自身が、自分の作曲についてよく知っている、ということを意味するわけではない。私の作曲には、言葉で説明できるような組織的な方法論はない。作曲するときの私は、単に、感覚に頼って、直観的に「これが好い」と納得できる音の連なりを探し続ける。そして、「ここが曲の終わりだ」と感じる処(ところ)に到(いた)ったとき、一つの曲の出来上がりとなる。ただそれだけである。「これが好(よ)い」あるいは、「ここが曲の終わりだ」という感覚的な判断の根拠は、説明できない。そして、そのようにして作った曲が何であるのかについても、よく分からないのである。
もっとも、私は、自分の作曲について本当に何も知らないというわけではない。そもそも、どうやって何を作るかということを全く知らずに物を作ることは、不可能である。例えば、もし、ガラスのことも、そして、花瓶というものがどのようなものかも知らなければ、ガラスの花瓶を作ることはできない。同様に、作曲の場合にも、素材である音と、その音の構成の仕方について知らなければ、そしてさらに、音楽というものがどのようなものなのかを知らなければ、曲を作ることなどできない。作曲をするからには、作曲者は、当然、それらについて一応知っている。
(中略)
作曲は、必ず、何らかの伝統における「基本的な」知識を前提としている。だが、その「基本的な」知識をそのまま(大抵の場合、無意識的に)受け容(い)れてその範囲で作曲する「保守的な」作曲家達がいる一方で、前(ぜん)衛(えい)主義に代表されるような、新たな音楽の可能性を求める作曲家達は、自らが出発点とした伝統における「基本的な」知識の外に踏み出そうとする。そして、この伝統からの踏み出し――あるいは、「逸脱」と言うべきかもしれない――は、常に、実験的な性質を帯びる。つまり、非伝統的な素材を用いることによって、あるいは、非伝統的な音構成法を試みることによって、伝統に由来する「基本的な」知識が告げる音楽というもののイメージから逸脱した未知のものが産み出される可能性があり、そして、この未知なるものを相変わらず「音楽」と呼ぶとしても、それがどのような意義と価値をもつ音楽なのかは、判(わか)らないのである。その意義と価値を判断するためには、そこに生まれてきた音楽そのものを吟味してみるほかはない。
私が、自分自身の作曲について語り得ることは、まさにこのこと、つまり、自らが行った実験的な試みの結果として産み出された音楽についての吟味であり、言い換えれば、自分が行ったこととその結果についての自分自身による解釈なのである。
(近藤譲『〈音楽〉という謎』による)
1. そのようにして作ったとあるが、どのように作ったのか。
A. 曲全体の出来上がりをイメージしながら作った。
B. 曲の終わりを意識して納得できる音を探しながら作った。
C. 美しいとされている音の連なりを組み合わせて作った。
D. 音の連なりを理屈ではなく感覚的に選んで作った。
Câu 60: 問題3次の文章を読んで、質問に答えなさい。答えは、1・2・3・4から最もよいものを一つえらびなさい。
私は、一人の作曲家として、色々な機会に、自分の作曲について語ってきた。しかしそれは、私自身が、自分の作曲についてよく知っている、ということを意味するわけではない。私の作曲には、言葉で説明できるような組織的な方法論はない。作曲するときの私は、単に、感覚に頼って、直観的に「これが好い」と納得できる音の連なりを探し続ける。そして、「ここが曲の終わりだ」と感じる処(ところ)に到(いた)ったとき、一つの曲の出来上がりとなる。ただそれだけである。「これが好(よ)い」あるいは、「ここが曲の終わりだ」という感覚的な判断の根拠は、説明できない。そして、そのようにして作った曲が何であるのかについても、よく分からないのである。
もっとも、私は、自分の作曲について本当に何も知らないというわけではない。そもそも、どうやって何を作るかということを全く知らずに物を作ることは、不可能である。例えば、もし、ガラスのことも、そして、花瓶というものがどのようなものかも知らなければ、ガラスの花瓶を作ることはできない。同様に、作曲の場合にも、素材である音と、その音の構成の仕方について知らなければ、そしてさらに、音楽というものがどのようなものなのかを知らなければ、曲を作ることなどできない。作曲をするからには、作曲者は、当然、それらについて一応知っている。
(中略)
作曲は、必ず、何らかの伝統における「基本的な」知識を前提としている。だが、その「基本的な」知識をそのまま(大抵の場合、無意識的に)受け容(い)れてその範囲で作曲する「保守的な」作曲家達がいる一方で、前(ぜん)衛(えい)主義に代表されるような、新たな音楽の可能性を求める作曲家達は、自らが出発点とした伝統における「基本的な」知識の外に踏み出そうとする。そして、この伝統からの踏み出し――あるいは、「逸脱」と言うべきかもしれない――は、常に、実験的な性質を帯びる。つまり、非伝統的な素材を用いることによって、あるいは、非伝統的な音構成法を試みることによって、伝統に由来する「基本的な」知識が告げる音楽というもののイメージから逸脱した未知のものが産み出される可能性があり、そして、この未知なるものを相変わらず「音楽」と呼ぶとしても、それがどのような意義と価値をもつ音楽なのかは、判(わか)らないのである。その意義と価値を判断するためには、そこに生まれてきた音楽そのものを吟味してみるほかはない。
私が、自分自身の作曲について語り得ることは、まさにこのこと、つまり、自らが行った実験的な試みの結果として産み出された音楽についての吟味であり、言い換えれば、自分が行ったこととその結果についての自分自身による解釈なのである。
(近藤譲『〈音楽〉という謎』による)
2. 筆者は、ガラスの花瓶の例を挙げて何を言おうとしているのか。
A. 音楽の素材として適している音があること
B. 作曲家はどのような仕事をしなければならないかということ
C. 作曲家は何の知識もなく曲を作ることはできないこと
D. 自身の作曲について知らなければいい曲はできないこと
Câu 61: 問題3次の文章を読んで、質問に答えなさい。答えは、1・2・3・4から最もよいものを一つえらびなさい。
私は、一人の作曲家として、色々な機会に、自分の作曲について語ってきた。しかしそれは、私自身が、自分の作曲についてよく知っている、ということを意味するわけではない。私の作曲には、言葉で説明できるような組織的な方法論はない。作曲するときの私は、単に、感覚に頼って、直観的に「これが好い」と納得できる音の連なりを探し続ける。そして、「ここが曲の終わりだ」と感じる処(ところ)に到(いた)ったとき、一つの曲の出来上がりとなる。ただそれだけである。「これが好(よ)い」あるいは、「ここが曲の終わりだ」という感覚的な判断の根拠は、説明できない。そして、そのようにして作った曲が何であるのかについても、よく分からないのである。
もっとも、私は、自分の作曲について本当に何も知らないというわけではない。そもそも、どうやって何を作るかということを全く知らずに物を作ることは、不可能である。例えば、もし、ガラスのことも、そして、花瓶というものがどのようなものかも知らなければ、ガラスの花瓶を作ることはできない。同様に、作曲の場合にも、素材である音と、その音の構成の仕方について知らなければ、そしてさらに、音楽というものがどのようなものなのかを知らなければ、曲を作ることなどできない。作曲をするからには、作曲者は、当然、それらについて一応知っている。
(中略)
作曲は、必ず、何らかの伝統における「基本的な」知識を前提としている。だが、その「基本的な」知識をそのまま(大抵の場合、無意識的に)受け容(い)れてその範囲で作曲する「保守的な」作曲家達がいる一方で、前(ぜん)衛(えい)主義に代表されるような、新たな音楽の可能性を求める作曲家達は、自らが出発点とした伝統における「基本的な」知識の外に踏み出そうとする。そして、この伝統からの踏み出し――あるいは、「逸脱」と言うべきかもしれない――は、常に、実験的な性質を帯びる。つまり、非伝統的な素材を用いることによって、あるいは、非伝統的な音構成法を試みることによって、伝統に由来する「基本的な」知識が告げる音楽というもののイメージから逸脱した未知のものが産み出される可能性があり、そして、この未知なるものを相変わらず「音楽」と呼ぶとしても、それがどのような意義と価値をもつ音楽なのかは、判(わか)らないのである。その意義と価値を判断するためには、そこに生まれてきた音楽そのものを吟味してみるほかはない。
私が、自分自身の作曲について語り得ることは、まさにこのこと、つまり、自らが行った実験的な試みの結果として産み出された音楽についての吟味であり、言い換えれば、自分が行ったこととその結果についての自分自身による解釈なのである。
(近藤譲『〈音楽〉という謎』による)
3. 新たな音楽の可能性を求める作曲家達の音楽とは、どのようなものか。
A. 伝統的なイメージから離れた実験的な音楽
B. 「基本的な」知識を知らずに作った未知の音楽
C. 「基本的な」知識を元にして作った新しい音楽
D. 非伝統的だが「保守的な」イメージを失わない音楽
Câu 62: 問題3次の文章を読んで、質問に答えなさい。答えは、1・2・3・4から最もよいものを一つえらびなさい。
私は、一人の作曲家として、色々な機会に、自分の作曲について語ってきた。しかしそれは、私自身が、自分の作曲についてよく知っている、ということを意味するわけではない。私の作曲には、言葉で説明できるような組織的な方法論はない。作曲するときの私は、単に、感覚に頼って、直観的に「これが好い」と納得できる音の連なりを探し続ける。そして、「ここが曲の終わりだ」と感じる処(ところ)に到(いた)ったとき、一つの曲の出来上がりとなる。ただそれだけである。「これが好(よ)い」あるいは、「ここが曲の終わりだ」という感覚的な判断の根拠は、説明できない。そして、そのようにして作った曲が何であるのかについても、よく分からないのである。
もっとも、私は、自分の作曲について本当に何も知らないというわけではない。そもそも、どうやって何を作るかということを全く知らずに物を作ることは、不可能である。例えば、もし、ガラスのことも、そして、花瓶というものがどのようなものかも知らなければ、ガラスの花瓶を作ることはできない。同様に、作曲の場合にも、素材である音と、その音の構成の仕方について知らなければ、そしてさらに、音楽というものがどのようなものなのかを知らなければ、曲を作ることなどできない。作曲をするからには、作曲者は、当然、それらについて一応知っている。
(中略)
作曲は、必ず、何らかの伝統における「基本的な」知識を前提としている。だが、その「基本的な」知識をそのまま(大抵の場合、無意識的に)受け容(い)れてその範囲で作曲する「保守的な」作曲家達がいる一方で、前(ぜん)衛(えい)主義に代表されるような、新たな音楽の可能性を求める作曲家達は、自らが出発点とした伝統における「基本的な」知識の外に踏み出そうとする。そして、この伝統からの踏み出し――あるいは、「逸脱」と言うべきかもしれない――は、常に、実験的な性質を帯びる。つまり、非伝統的な素材を用いることによって、あるいは、非伝統的な音構成法を試みることによって、伝統に由来する「基本的な」知識が告げる音楽というもののイメージから逸脱した未知のものが産み出される可能性があり、そして、この未知なるものを相変わらず「音楽」と呼ぶとしても、それがどのような意義と価値をもつ音楽なのかは、判(わか)らないのである。その意義と価値を判断するためには、そこに生まれてきた音楽そのものを吟味してみるほかはない。
私が、自分自身の作曲について語り得ることは、まさにこのこと、つまり、自らが行った実験的な試みの結果として産み出された音楽についての吟味であり、言い換えれば、自分が行ったこととその結果についての自分自身による解釈なのである。
(近藤譲『〈音楽〉という謎』による)
4. 筆者によると、自分自身の作曲について語れることはどのようなことか。
A. 自身の曲の意義と価値
B. 自身の方法論についての解釈
C. 自身の試みと、曲についての解釈
D. 自身の作曲過程と、実験的音楽の可能性
Câu 63: たとえば、あなたが会社の中で企画部門に属し、①目標値を設定する仕事を与えられたとする。ここでは達成不可能な目標を設定したところで意味がないとされるから、外部環境や内部の状況を含め、諸(もろ)々(もろ)の要素を検討することになるだろう。その上で現状から考えて、達成可能かつできる限り高い目標を探ることになる。
このとき、あなたが今後変わりうる外部環境を完(かん)璧(ぺき)に予想し、会社内部のすべてを完全に把握している存在であれば、目標を設定する仕事はこの上なく素晴らしいものだ。社員全員がこれに向かって全力を出せばそれでいいことになる。
しかし、実際にはそんなことはありえない。外部環境は予想もつかない方向に変わりうるし、社内では、上からの目が届かないところでアイデアを隠し持った人が必ずいる。固定化した目標は、不確定要素にまったく対応できないのである。しかも、こうした事前に予想ができない要素にこそ、大きなビジネスチャンスが転がっている。
だから目標を設定するならば、変化に対応する中で、各人の創意工夫の果てにやっと達成されるようなものでなければならない。しかし、事前にこれらをすべて盛り込むことはできるはずもないから、何となく納得感のありそうな落とし所(注1)を探すことになる。大人はこの落とし所という言葉が大好きなのだが、こんなものに意味があるはずもないのだ。これではすべての可能性を引き出すことができないのである。
これは個人としても同じことである。(中略)
試合直後の力士にインタビューをすれば、「明日の一戦をまた頑張るだけ」と答えが返ってくるだろう。ゴルフツアーの最終日を明日に控えたプロ選手でも、翌日のスコア目標などは口にしない。そんなことを考え始めれば、プレイが崩れ始めることを知っているからだ。それにもかかわらず、なぜかビジネスになると、途端に誰もが最終ゴールを決めようとする。スポーツよりも遥(はる)かに不確定な要素が多いにもかかわらず、目標によって自分たちを縛りつけようとするのである。これにはかなり②違和感を覚える。
どんなことでも、周囲の状況はどんどん変わることが当たり前である。それにもかかわらず、自分だけ変わらないのはおかしい。過去に立てた目標によって自分を窮屈な存在にしてはいけないのである。もしどうしても目標を立てたいのであれば、ほとんど実現不可能なくらいの大きな目標を持つべきだろう。しかし、これ自体はその達成方法を考えるのに役には立たない。自分が持つ可能性を大事にしたいのであれば、目の前のことだけに没(ぼつ)入(にゅう)(注2)し、何かしらの(注3)変化を察知するにつけ、次のベストを探すというスタンスを保持することが重要である。
(成毛眞『大人げない大人になれ!』による)
(注1)落とし所:妥協点
(注2)没(ぼつ)入(にゅう):ここでは、集中する
(注3)何かしらの:何らかの
1. ①目標値を設定する仕事では、どのような目標を設定しようとするか。
A. 外部環境や内部の状況の変化を完(かん)璧(ぺき)に予測した目標
B. 現在の状況から見て無理なく達成される目標
C. 成し遂げられる範囲の中で最も高い目標
D. 達成が難しくても取り組む価値のある目標
Câu 64: たとえば、あなたが会社の中で企画部門に属し、①目標値を設定する仕事を与えられたとする。ここでは達成不可能な目標を設定したところで意味がないとされるから、外部環境や内部の状況を含め、諸(もろ)々(もろ)の要素を検討することになるだろう。その上で現状から考えて、達成可能かつできる限り高い目標を探ることになる。
このとき、あなたが今後変わりうる外部環境を完(かん)璧(ぺき)に予想し、会社内部のすべてを完全に把握している存在であれば、目標を設定する仕事はこの上なく素晴らしいものだ。社員全員がこれに向かって全力を出せばそれでいいことになる。
しかし、実際にはそんなことはありえない。外部環境は予想もつかない方向に変わりうるし、社内では、上からの目が届かないところでアイデアを隠し持った人が必ずいる。固定化した目標は、不確定要素にまったく対応できないのである。しかも、こうした事前に予想ができない要素にこそ、大きなビジネスチャンスが転がっている。
だから目標を設定するならば、変化に対応する中で、各人の創意工夫の果てにやっと達成されるようなものでなければならない。しかし、事前にこれらをすべて盛り込むことはできるはずもないから、何となく納得感のありそうな落とし所(注1)を探すことになる。大人はこの落とし所という言葉が大好きなのだが、こんなものに意味があるはずもないのだ。これではすべての可能性を引き出すことができないのである。
これは個人としても同じことである。(中略)
試合直後の力士にインタビューをすれば、「明日の一戦をまた頑張るだけ」と答えが返ってくるだろう。ゴルフツアーの最終日を明日に控えたプロ選手でも、翌日のスコア目標などは口にしない。そんなことを考え始めれば、プレイが崩れ始めることを知っているからだ。それにもかかわらず、なぜかビジネスになると、途端に誰もが最終ゴールを決めようとする。スポーツよりも遥(はる)かに不確定な要素が多いにもかかわらず、目標によって自分たちを縛りつけようとするのである。これにはかなり②違和感を覚える。
どんなことでも、周囲の状況はどんどん変わることが当たり前である。それにもかかわらず、自分だけ変わらないのはおかしい。過去に立てた目標によって自分を窮屈な存在にしてはいけないのである。もしどうしても目標を立てたいのであれば、ほとんど実現不可能なくらいの大きな目標を持つべきだろう。しかし、これ自体はその達成方法を考えるのに役には立たない。自分が持つ可能性を大事にしたいのであれば、目の前のことだけに没(ぼつ)入(にゅう)(注2)し、何かしらの(注3)変化を察知するにつけ、次のベストを探すというスタンスを保持することが重要である。
(成毛眞『大人げない大人になれ!』による)
(注1)落とし所:妥協点
(注2)没(ぼつ)入(にゅう):ここでは、集中する
(注3)何かしらの:何らかの
2. 筆者は、何がビジネスチャンスにつながると述べているか。
A. 創意工夫を生み出す社内環境
B. 社員にとって納得感のある目標設定
C. 社内外の不確定な変化に対する大胆な予想
D. 社内に埋もれている発想や社外で起こる変化
Câu 65: たとえば、あなたが会社の中で企画部門に属し、①目標値を設定する仕事を与えられたとする。ここでは達成不可能な目標を設定したところで意味がないとされるから、外部環境や内部の状況を含め、諸(もろ)々(もろ)の要素を検討することになるだろう。その上で現状から考えて、達成可能かつできる限り高い目標を探ることになる。
このとき、あなたが今後変わりうる外部環境を完(かん)璧(ぺき)に予想し、会社内部のすべてを完全に把握している存在であれば、目標を設定する仕事はこの上なく素晴らしいものだ。社員全員がこれに向かって全力を出せばそれでいいことになる。
しかし、実際にはそんなことはありえない。外部環境は予想もつかない方向に変わりうるし、社内では、上からの目が届かないところでアイデアを隠し持った人が必ずいる。固定化した目標は、不確定要素にまったく対応できないのである。しかも、こうした事前に予想ができない要素にこそ、大きなビジネスチャンスが転がっている。
だから目標を設定するならば、変化に対応する中で、各人の創意工夫の果てにやっと達成されるようなものでなければならない。しかし、事前にこれらをすべて盛り込むことはできるはずもないから、何となく納得感のありそうな落とし所(注1)を探すことになる。大人はこの落とし所という言葉が大好きなのだが、こんなものに意味があるはずもないのだ。これではすべての可能性を引き出すことができないのである。
これは個人としても同じことである。(中略)
試合直後の力士にインタビューをすれば、「明日の一戦をまた頑張るだけ」と答えが返ってくるだろう。ゴルフツアーの最終日を明日に控えたプロ選手でも、翌日のスコア目標などは口にしない。そんなことを考え始めれば、プレイが崩れ始めることを知っているからだ。それにもかかわらず、なぜかビジネスになると、途端に誰もが最終ゴールを決めようとする。スポーツよりも遥(はる)かに不確定な要素が多いにもかかわらず、目標によって自分たちを縛りつけようとするのである。これにはかなり②違和感を覚える。
どんなことでも、周囲の状況はどんどん変わることが当たり前である。それにもかかわらず、自分だけ変わらないのはおかしい。過去に立てた目標によって自分を窮屈な存在にしてはいけないのである。もしどうしても目標を立てたいのであれば、ほとんど実現不可能なくらいの大きな目標を持つべきだろう。しかし、これ自体はその達成方法を考えるのに役には立たない。自分が持つ可能性を大事にしたいのであれば、目の前のことだけに没(ぼつ)入(にゅう)(注2)し、何かしらの(注3)変化を察知するにつけ、次のベストを探すというスタンスを保持することが重要である。
(成毛眞『大人げない大人になれ!』による)
(注1)落とし所:妥協点
(注2)没(ぼつ)入(にゅう):ここでは、集中する
(注3)何かしらの:何らかの
3. ②違和感を覚えるとあるが、どのようなことに違和感を覚えているか。
A. 不確定な要素が多いため目標を立てないこと
B. 周囲の状況は変わるのに目標を固定すること
C. 目標を立てたのにそれを口にしないこと
D. 目標を立てたのにそれを変えなくてはならないこと
Câu 66: たとえば、あなたが会社の中で企画部門に属し、①目標値を設定する仕事を与えられたとする。ここでは達成不可能な目標を設定したところで意味がないとされるから、外部環境や内部の状況を含め、諸(もろ)々(もろ)の要素を検討することになるだろう。その上で現状から考えて、達成可能かつできる限り高い目標を探ることになる。
このとき、あなたが今後変わりうる外部環境を完(かん)璧(ぺき)に予想し、会社内部のすべてを完全に把握している存在であれば、目標を設定する仕事はこの上なく素晴らしいものだ。社員全員がこれに向かって全力を出せばそれでいいことになる。
しかし、実際にはそんなことはありえない。外部環境は予想もつかない方向に変わりうるし、社内では、上からの目が届かないところでアイデアを隠し持った人が必ずいる。固定化した目標は、不確定要素にまったく対応できないのである。しかも、こうした事前に予想ができない要素にこそ、大きなビジネスチャンスが転がっている。
だから目標を設定するならば、変化に対応する中で、各人の創意工夫の果てにやっと達成されるようなものでなければならない。しかし、事前にこれらをすべて盛り込むことはできるはずもないから、何となく納得感のありそうな落とし所(注1)を探すことになる。大人はこの落とし所という言葉が大好きなのだが、こんなものに意味があるはずもないのだ。これではすべての可能性を引き出すことができないのである。
これは個人としても同じことである。(中略)
試合直後の力士にインタビューをすれば、「明日の一戦をまた頑張るだけ」と答えが返ってくるだろう。ゴルフツアーの最終日を明日に控えたプロ選手でも、翌日のスコア目標などは口にしない。そんなことを考え始めれば、プレイが崩れ始めることを知っているからだ。それにもかかわらず、なぜかビジネスになると、途端に誰もが最終ゴールを決めようとする。スポーツよりも遥(はる)かに不確定な要素が多いにもかかわらず、目標によって自分たちを縛りつけようとするのである。これにはかなり②違和感を覚える。
どんなことでも、周囲の状況はどんどん変わることが当たり前である。それにもかかわらず、自分だけ変わらないのはおかしい。過去に立てた目標によって自分を窮屈な存在にしてはいけないのである。もしどうしても目標を立てたいのであれば、ほとんど実現不可能なくらいの大きな目標を持つべきだろう。しかし、これ自体はその達成方法を考えるのに役には立たない。自分が持つ可能性を大事にしたいのであれば、目の前のことだけに没(ぼつ)入(にゅう)(注2)し、何かしらの(注3)変化を察知するにつけ、次のベストを探すというスタンスを保持することが重要である。
(成毛眞『大人げない大人になれ!』による)
(注1)落とし所:妥協点
(注2)没(ぼつ)入(にゅう):ここでは、集中する
(注3)何かしらの:何らかの
4. この文章で筆者が言いたいことは何か。
A. 実現不可能なくらいの大きな目標を立てて達成に向けて努力すべきだ。
B. 自分の可能性を大事にするためには、大きな目標を立てるべきではない。
C. 自分が持つ可能性が最大限に発揮できるような目標を探し続けることが重要だ。
D. 目標を立てることに縛られず、目の前のことに最善の対応をすることが重要だ。
Câu 67: 問題4次の(1)から(3)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A
子どもの昆虫採集について、生命尊重や希少種保護の観点からの批判的な意見が聞かれる。これに対しては、子どもが採集する数など微々たるものなのだから、自然と触れ合うことのメリットを重視すべきだという反論もある。
確かに幼少期の自然体験は自然観の形成に必要ではあるが、実際に子どもの昆虫採集の様子を見ると、子どもが魅力を感じているのは捕獲の瞬間だけだ。子どもの興味に任せるだけではただの遊びにしかならない。そのため、昆虫採集をより有意義な体験にするには、大人からの働きかけが必要だ。昆虫の体や生態を見て知る姿勢を教え、子どもが種の多様性に気づくようにすることが大切だ。
B
虫取りに夢中になって時間を忘れてしまう子や自分のつかまえたバッタ(注)に見入ってしまう子は、もうその活動の中にその子どものよさや可能性が秘められている。「どこがおもしろいの」と訊(たず)ねれば、彼らは根拠を持って今自分が価値を持って見つめているものについて答えてくれるだろう。彼らの学びは、もうすでに始まっているのだ。
学びを通して、自然に対し自分なりの意味を構築していく中で「生命観」も「自然観」も進化していく。それに伴って、「生命愛護」「自然環境との共存」という心情も深化していくものだろう。(中略)そのように考えるとき、自然に対して自分なりの意味を見いだせるかということ、実感を伴った理解が行われるかということを抜きにして、「生命愛護」も「自然環境との共生」も語ることはできないだろう。
(角屋重樹・森本信也編著『小学校理科教育はこう変わる――ニューサイエンスを求めて』による)
(注)バッタ:昆虫の一種
1. 子どもが昆虫をつかまえることについて、A とB はどのように考えているか。
A. A は観察する姿勢を身につけさせれば有益になると考え、B は実感を伴った自然の理解に役立つと考えている。
B. A は子どもの興味に任せるだけでは十分ではないと考え、B は興味を持った子どもには積極的に勧めたほうがいいと考えている。
C. A は自然を知るきっかけにはならないと考え、B は子どものよさや可能性を伸ばすきっかけになると考えている。
D. A は種の多様性を知る上で重要だと考え、B は成長過程において欠かせない経験だと考えている。
Câu 68: A
子どもの昆虫採集について、生命尊重や希少種保護の観点からの批判的な意見が聞かれる。これに対しては、子どもが採集する数など微々たるものなのだから、自然と触れ合うことのメリットを重視すべきだという反論もある。
確かに幼少期の自然体験は自然観の形成に必要ではあるが、実際に子どもの昆虫採集の様子を見ると、子どもが魅力を感じているのは捕獲の瞬間だけだ。子どもの興味に任せるだけではただの遊びにしかならない。そのため、昆虫採集をより有意義な体験にするには、大人からの働きかけが必要だ。昆虫の体や生態を見て知る姿勢を教え、子どもが種の多様性に気づくようにすることが大切だ。
B
虫取りに夢中になって時間を忘れてしまう子や自分のつかまえたバッタ(注)に見入ってしまう子は、もうその活動の中にその子どものよさや可能性が秘められている。「どこがおもしろいの」と訊(たず)ねれば、彼らは根拠を持って今自分が価値を持って見つめているものについて答えてくれるだろう。彼らの学びは、もうすでに始まっているのだ。
学びを通して、自然に対し自分なりの意味を構築していく中で「生命観」も「自然観」も進化していく。それに伴って、「生命愛護」「自然環境との共存」という心情も深化していくものだろう。(中略)そのように考えるとき、自然に対して自分なりの意味を見いだせるかということ、実感を伴った理解が行われるかということを抜きにして、「生命愛護」も「自然環境との共生」も語ることはできないだろう。
(角屋重樹・森本信也編著『小学校理科教育はこう変わる――ニューサイエンスを求めて』による)
(注)バッタ:昆虫の一種
2. A とB の認識で共通していることは何か。
A. 子どもの成長過程で、自然保護に対する心情が深められていく。
B. 子ども時代の自然との触れ合いを通した学びが自然観の基礎になる。
C. 子どもの自発的な体験や学びだけでは自然観の形成には十分ではない。
D. 自然体験が多い子どものほうが、自然保護の精神が強くなるわけではない。
Câu 69: 問題5以下の質問に答えてください。答えは1・2・3・4からいちばんいいものを一つえらんでください。
A. 水野さん
B. ソウさん
C. チョウさん
D. 山田さん
Câu 70: 
2.アンケートに回答するときに、モニターがすべきことは何か。
A. 指定時間内に所定のウェブサイトを通じて回答する。
B. 保管しておいたすべての新聞を読み直して回答する。
C. 「実施のお知らせ」を受信してから24時間以内に回答する。
D. 回答形式を問わず、すべての質問に回答する。