Câu 1: 友人にピアノの伴奏を頼まれた。
A. はんそう
B. はんそ
C. ばんそう
D. ばんそ
Câu 2: 名探偵の推理で事件は無地事に解決した。
A. どうり
B. ろんり
C. すいり
D. しんり
Câu 3: 先日の会議では、極めて重要な問題が話し合われた。
A. つきつめて
B. きわめて
C. あらためて
D. つとめて
Câu 4: もう少しアイディアを練ってからお話しします。
A. ねって
B. ほって
C. つのって
D. けずって
Câu 5: 靴のひもを締めた。
A. はめた
B. ゆるめた
C. からめた
D. しめた
Câu 6: 話しが本筋からそれてしまった。
A. もとすじ
B. ほんすじ
C. もときん
D. ほんきん
Câu 7: 各区のテレビがそのニュースを( )。
A. 配布した
B. 配送した
C. 投じた
D. 報じた
Câu 8: 森林伐採が環境に( )影響は大きい。
A. 受ける
B. 及ぼす
C. 授ける
D. 掲げる
Câu 9: 吉田さんは弁護士として20年もの( )をたのん積んできた。
A. キャリア
B. ポジション
C. ベテラン
D. ステータス
Câu 10: この小説の主人公は、歴史( )の人物をモデルにしている。
Câu 11: 交渉が( )進み、無事に契約することができた。
A. しとやかに
B. 円滑に
C. しなやかに
D. 性急に
Câu 12: 次の大会に向けて、チームの( )を強めよう。
Câu 13: その企業は巨大な資本を( )に、海外の市場に進出した。
Câu 14: 今回の研修会は、出席者がまばらだった。
A. 少なかった
B. 多かった
C. まじめだった
D. ふまじめだった
Câu 15: 昨日は一日中どんよりした天気だった。
A. 曇っていて暗かった
B. 晴れていて明るかった
C. 風が吹いて涼しかった
D. 雨が降って蒸し暑かった
Câu 16: 父は毎朝、丹念に新聞に目を通す。
A. ざっと
B. じっくりと
C. ちちっと
D. ぼうっと
Câu 17: 最近、仕事がはかどっている。
A. 予想外に遅れている
B. 徐々に減っている
C. 順調に進んでいる
D. 急激に増えている
Câu 18: 検討の結果、この計画は見合わせることになりました。
A. 承認する
B. 実施する
C. 変更する
D. 中止する
Câu 19: 激しい雨のため、やむをえず試合は延期することになった。
A. まもなく
B. 思いがけなく
C. しかたなく
D. 限りなく
Câu 20: 調達
A. インターネットで奨学金の申請方法を調達した。
B. 新しい事業のために、資金を調達しなければならない。
C. 希望の職種に就くためには、早めに必要な資格を調達した方がいい。
D. 環境問題に対する各国の若者の意職を調達した。
Câu 21: 細心
A. 美術館の運搬には、細心の注意を払う必要がある。
B. 初めて一人で海外旅行をしたときは、細心の思いをします。
C. この二つの言葉は似ているが、細心のところでは意味が異なる。
D. イベントの概要は伺いましたが、細心の説明。
Câu 22: 意地
A. そう意地を張らずに、すなおに謝った方がいいよ。
B. 彼は何がやりたいのか、意地がはつきりしない。
C. 会議で、この調査に意地を説明した。
D. わが社は顧客の意地に治った商品開発を目指している。
Câu 23: めきめき
A. あの人は発言するたびに意見がめきめき変わる。
B. 入院して、健康のありがたみをめきめき感じた。
C. 水泳教室に通ったおかげで、めきめき上達した。
D. 遠慮しないで、めきめき召し上がってくださいね。
Câu 24: 目先
A. 田中さんはいつ目先に帰ってしまいましたよ。
B. 目先の利益を追うのではなく、会社の将来を考えるべきだ。
C. あのモデルのファッションは流行の目先を行っている。
D. 決勝戦を目先に控え、選手はだいぶ緊張しているようだ。
Câu 25: 見落とす
A. 人が困っているのを見落とすわけには行かない。
B. 行機に乗っている間、窓からずっと海を見落としてくれた。
C. 部長は、気づいていたようだが、今回の失敗を見落としてくれた。
D. メールが多すぎて、重要な運絡を見落としていた。
Câu 26: 「このたびは、私どもの商品発送ミスにより、お客様に大変ご迷惑をかけましたことを深く( )。申し訳ございませんでした。」
A. おわび申し上げます
B. わびていただきます
C. わびていらっしゃいます
D. おおびいただきます
Câu 27: 山川鉄道は、3月で開業90周年を迎えるの( )最新型車両を導入し、15日から運営運転を開始する。
A. を限りに
B. を皮切りに
C. を機に
D. をよそに
Câu 28: いかなる理論でも、データによって実証されなければ多くの人に( )しない。
A. 受け入れは
B. 受け入れられては
C. 受け入れられは
D. 受け入れられることは
Câu 29: (テレビのコマーシャルで)
「こちらは添加物を( )使用していない、ヘルシーな食用油です。」
A. とても
B. きっと
C. まさか
D. いっさい
Câu 30: 今回のプロジェクトを任され、その責任の重さに身が引き締まる( )です。」
Câu 31: 上司「君、困る( )!資料にミスがあったぞ。君のせいで大恥をかいたよ。」
部下「すみません。うっかりしておりまして。」
A. のではないか
B. じゃないのか
C. のではないのか
D. じゃないか
Câu 32: 地球温暖化抑制への貢献が、ここ10年あまりの間に、優良企業の条件一つ( )ようだ。
A. となりつつある
B. としうる
C. となりうる
D. としつつある
Câu 33: 子ども「お母さん、来週の日曜日、さくら山に行ってもいい?」
母親「だめよ。今の季節、あの山にはハチがたくさん出るのよ。万が一、( )大変でしょ。」。
A. 刺されさえしたら
B. 刺されでもしたら
C. 刺させるなどしても
D. 刺させるくらいしても
Câu 34: 自慢する( )が、私は入社以来10年、一度も遅刻をしたことがない。
A. ほどのことではない
B. だけのことではない
C. だけのことに過ぎない
D. ほどのことに過ぎない
Câu 35: 「いくら注意しても、後輩が同じ失敗を繰り返します。私は注意し続けるべきでしょうか。それとも本人が気づくまで、もう何も言う( )。 」
A. べきでしょうか
B. べきなのでしょうか
C. べきなのではないでしょうか
D. べきではないのでしょうか
Câu 36: 山田監督は私の恩人ですと今の ___ ___ ★ ___ ことです。
A. あっての
B. あるのも
C. 監督
D. 私が
Câu 37: いったん仕事を引き受けた ___ ___ ★ ___最後までやり通すに違いない。
A. からして
B. 彼の性格
C. からには
D. 真任感の強い
Câu 38: ちょっと考えれば、さっきの話が冗談 ___ ___ ★ ___ 単純な彼は簡単に信じてしまった。
A. わかるだろう
B. だって
C. ことくらい
D. に
Câu 39: かつて映画スターであった山田氏が初挑戦で知事選に勝利したのは、能力という ___ ___ ★ ___、大きい。
A. ところが
B. より
C. 人気と知名席に
D. よる
Câu 40: この植物はとても強いので、___ ___ ★ ___ ちゃんと育ちますよ。
A. 水やりを
B. しなければ
C. さえ
D. 忘れ
Câu 41: いまはコミュニケーション能力が過剰に求められる時代である。職場でも学校でも、あるいはもっとプライベートな空間でもいい。あらゆる人間関係において、自分の価値を認めてもらうためには高度なコミュニケーション龍力が必要とされる。書店に行けばコミュニケーション能力を高めるための自己啓発本があり余るほどでているし、わざわざそのための学校に..①.. 。
確かに、いまの産業のあり方をみると、コミュニケーションが富を生み出す経済活動の中心にきていることがわかる。製造業は人件費の安い海外に工場をどんどん移転させ、国内に残っているのは、マネジメントや企画、研究開発、マーケティングといった本社機能的な仕事ばかり。そこでは、組織をまとめあげる、アイディアをだす、交渉する、プレゼンをする、ディスカッションをするといった、高いコミュニケーション熊力が必要とされる活動がどうしても物を言う。社会のあり方が、工場中心からコミュニケーション中心へと大きく転換しているのである。
しかし、コミュニケーション能力が、人々の価値を決める独占的な尺度になることは、..②.. 。事実、コミュニケーションべたで自己アピールにそれほど長けていなくても、能力のある人はいっぱいいる。私も大学でゼミを指導していると、ゼミの議論では目立っていてもリポートの出来はそれほどでもない学生や、逆にゼミではおとなしくても素晴らしいリポートを書いてくる学生に頻繁にであう。コミュニケーションの巧みさと本人の能力は必ずしも一致しない。
もちろんコミュニケーション能力も人間の能力の一つではある。だから、それが評価基準の一つになることは当然あっていい。..③.. 、コミュニケーション能力をめぐる過当な競争は、人間関係にひずみをももたらすだろう。
引きこもりは、社会のなかで要求されるコミュニケーション能力があまりに高いため、一度他者とのコミュニケーションにつまずくと、なかなか新たなコミュニケーションに踏み出せなくなってしまうことから生まれる。引きこもりまでいかなくても、周りとのコミュニケーションのなかで自分がまともに相手にされなければ、誰だって心を閉ざしてしまい、内にこもりがちになるだろう。コミュニケーション能力をめぐる競争が激しい社会は、..④.. 人にとても冷淡だ。
また、いじめは子供たちのコミュニケーション能力の欠如から起きているのではなく、逆に、みんなが空気を読みすぎることで生じるストレスのはけ口を特定の人間に向けることで起きている。こうしたストレスや重圧は、子供に限った問題ではない。空気を壊してはならないとう圧力は、人々とコミュニケーション能力をさらに要求するだろう。しかしそれが進めば、社会のなかで同調圧力が強まり、社会そのものが萎縮..⑤.. 。
①に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A. 通う人もいるほどだ
B. 通うまでもなかろう
C. 通うべきである
D. 通人がいるのだろうか
Câu 42: いまはコミュニケーション能力が過剰に求められる時代である。職場でも学校でも、あるいはもっとプライベートな空間でもいい。あらゆる人間関係において、自分の価値を認めてもらうためには高度なコミュニケーション龍力が必要とされる。書店に行けばコミュニケーション能力を高めるための自己啓発本があり余るほどでているし、わざわざそのための学校に..①.. 。
確かに、いまの産業のあり方をみると、コミュニケーションが富を生み出す経済活動の中心にきていることがわかる。製造業は人件費の安い海外に工場をどんどん移転させ、国内に残っているのは、マネジメントや企画、研究開発、マーケティングといった本社機能的な仕事ばかり。そこでは、組織をまとめあげる、アイディアをだす、交渉する、プレゼンをする、ディスカッションをするといった、高いコミュニケーション熊力が必要とされる活動がどうしても物を言う。社会のあり方が、工場中心からコミュニケーション中心へと大きく転換しているのである。
しかし、コミュニケーション能力が、人々の価値を決める独占的な尺度になることは、..②.. 。事実、コミュニケーションべたで自己アピールにそれほど長けていなくても、能力のある人はいっぱいいる。私も大学でゼミを指導していると、ゼミの議論では目立っていてもリポートの出来はそれほどでもない学生や、逆にゼミではおとなしくても素晴らしいリポートを書いてくる学生に頻繁にであう。コミュニケーションの巧みさと本人の能力は必ずしも一致しない。
もちろんコミュニケーション能力も人間の能力の一つではある。だから、それが評価基準の一つになることは当然あっていい。..③.. 、コミュニケーション能力をめぐる過当な競争は、人間関係にひずみをももたらすだろう。
引きこもりは、社会のなかで要求されるコミュニケーション能力があまりに高いため、一度他者とのコミュニケーションにつまずくと、なかなか新たなコミュニケーションに踏み出せなくなってしまうことから生まれる。引きこもりまでいかなくても、周りとのコミュニケーションのなかで自分がまともに相手にされなければ、誰だって心を閉ざしてしまい、内にこもりがちになるだろう。コミュニケーション能力をめぐる競争が激しい社会は、..④.. 人にとても冷淡だ。
また、いじめは子供たちのコミュニケーション能力の欠如から起きているのではなく、逆に、みんなが空気を読みすぎることで生じるストレスのはけ口を特定の人間に向けることで起きている。こうしたストレスや重圧は、子供に限った問題ではない。空気を壊してはならないとう圧力は、人々とコミュニケーション能力をさらに要求するだろう。しかしそれが進めば、社会のなかで同調圧力が強まり、社会そのものが萎縮..⑤.. 。
②に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A. 極めて当然のことではないか
B. 極めて可能性が低いのではないか
C. はたして健全なのだろか
D. はたして起こり得ないのだろうか
Câu 43: いまはコミュニケーション能力が過剰に求められる時代である。職場でも学校でも、あるいはもっとプライベートな空間でもいい。あらゆる人間関係において、自分の価値を認めてもらうためには高度なコミュニケーション龍力が必要とされる。書店に行けばコミュニケーション能力を高めるための自己啓発本があり余るほどでているし、わざわざそのための学校に..①.. 。
確かに、いまの産業のあり方をみると、コミュニケーションが富を生み出す経済活動の中心にきていることがわかる。製造業は人件費の安い海外に工場をどんどん移転させ、国内に残っているのは、マネジメントや企画、研究開発、マーケティングといった本社機能的な仕事ばかり。そこでは、組織をまとめあげる、アイディアをだす、交渉する、プレゼンをする、ディスカッションをするといった、高いコミュニケーション熊力が必要とされる活動がどうしても物を言う。社会のあり方が、工場中心からコミュニケーション中心へと大きく転換しているのである。
しかし、コミュニケーション能力が、人々の価値を決める独占的な尺度になることは、..②.. 。事実、コミュニケーションべたで自己アピールにそれほど長けていなくても、能力のある人はいっぱいいる。私も大学でゼミを指導していると、ゼミの議論では目立っていてもリポートの出来はそれほどでもない学生や、逆にゼミではおとなしくても素晴らしいリポートを書いてくる学生に頻繁にであう。コミュニケーションの巧みさと本人の能力は必ずしも一致しない。
もちろんコミュニケーション能力も人間の能力の一つではある。だから、それが評価基準の一つになることは当然あっていい。..③.. 、コミュニケーション能力をめぐる過当な競争は、人間関係にひずみをももたらすだろう。
引きこもりは、社会のなかで要求されるコミュニケーション能力があまりに高いため、一度他者とのコミュニケーションにつまずくと、なかなか新たなコミュニケーションに踏み出せなくなってしまうことから生まれる。引きこもりまでいかなくても、周りとのコミュニケーションのなかで自分がまともに相手にされなければ、誰だって心を閉ざしてしまい、内にこもりがちになるだろう。コミュニケーション能力をめぐる競争が激しい社会は、..④.. 人にとても冷淡だ。
また、いじめは子供たちのコミュニケーション能力の欠如から起きているのではなく、逆に、みんなが空気を読みすぎることで生じるストレスのはけ口を特定の人間に向けることで起きている。こうしたストレスや重圧は、子供に限った問題ではない。空気を壊してはならないとう圧力は、人々とコミュニケーション能力をさらに要求するだろう。しかしそれが進めば、社会のなかで同調圧力が強まり、社会そのものが萎縮..⑤.. 。
③に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A. したがって
B. すなわち
C. それどころか
D. とはいえ
Câu 44: いまはコミュニケーション能力が過剰に求められる時代である。職場でも学校でも、あるいはもっとプライベートな空間でもいい。あらゆる人間関係において、自分の価値を認めてもらうためには高度なコミュニケーション龍力が必要とされる。書店に行けばコミュニケーション能力を高めるための自己啓発本があり余るほどでているし、わざわざそのための学校に..①.. 。
確かに、いまの産業のあり方をみると、コミュニケーションが富を生み出す経済活動の中心にきていることがわかる。製造業は人件費の安い海外に工場をどんどん移転させ、国内に残っているのは、マネジメントや企画、研究開発、マーケティングといった本社機能的な仕事ばかり。そこでは、組織をまとめあげる、アイディアをだす、交渉する、プレゼンをする、ディスカッションをするといった、高いコミュニケーション熊力が必要とされる活動がどうしても物を言う。社会のあり方が、工場中心からコミュニケーション中心へと大きく転換しているのである。
しかし、コミュニケーション能力が、人々の価値を決める独占的な尺度になることは、..②.. 。事実、コミュニケーションべたで自己アピールにそれほど長けていなくても、能力のある人はいっぱいいる。私も大学でゼミを指導していると、ゼミの議論では目立っていてもリポートの出来はそれほどでもない学生や、逆にゼミではおとなしくても素晴らしいリポートを書いてくる学生に頻繁にであう。コミュニケーションの巧みさと本人の能力は必ずしも一致しない。
もちろんコミュニケーション能力も人間の能力の一つではある。だから、それが評価基準の一つになることは当然あっていい。..③.. 、コミュニケーション能力をめぐる過当な競争は、人間関係にひずみをももたらすだろう。
引きこもりは、社会のなかで要求されるコミュニケーション能力があまりに高いため、一度他者とのコミュニケーションにつまずくと、なかなか新たなコミュニケーションに踏み出せなくなってしまうことから生まれる。引きこもりまでいかなくても、周りとのコミュニケーションのなかで自分がまともに相手にされなければ、誰だって心を閉ざしてしまい、内にこもりがちになるだろう。コミュニケーション能力をめぐる競争が激しい社会は、..④.. 人にとても冷淡だ。
また、いじめは子供たちのコミュニケーション能力の欠如から起きているのではなく、逆に、みんなが空気を読みすぎることで生じるストレスのはけ口を特定の人間に向けることで起きている。こうしたストレスや重圧は、子供に限った問題ではない。空気を壊してはならないとう圧力は、人々とコミュニケーション能力をさらに要求するだろう。しかしそれが進めば、社会のなかで同調圧力が強まり、社会そのものが萎縮..⑤.. 。
④に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A. こうしてつまずかせる
B. そこから踏み出させる
C. それにつまずいてしまった
D. ここから踏み出してしまった
Câu 45: いまはコミュニケーション能力が過剰に求められる時代である。職場でも学校でも、あるいはもっとプライベートな空間でもいい。あらゆる人間関係において、自分の価値を認めてもらうためには高度なコミュニケーション龍力が必要とされる。書店に行けばコミュニケーション能力を高めるための自己啓発本があり余るほどでているし、わざわざそのための学校に..①.. 。
確かに、いまの産業のあり方をみると、コミュニケーションが富を生み出す経済活動の中心にきていることがわかる。製造業は人件費の安い海外に工場をどんどん移転させ、国内に残っているのは、マネジメントや企画、研究開発、マーケティングといった本社機能的な仕事ばかり。そこでは、組織をまとめあげる、アイディアをだす、交渉する、プレゼンをする、ディスカッションをするといった、高いコミュニケーション熊力が必要とされる活動がどうしても物を言う。社会のあり方が、工場中心からコミュニケーション中心へと大きく転換しているのである。
しかし、コミュニケーション能力が、人々の価値を決める独占的な尺度になることは、..②.. 。事実、コミュニケーションべたで自己アピールにそれほど長けていなくても、能力のある人はいっぱいいる。私も大学でゼミを指導していると、ゼミの議論では目立っていてもリポートの出来はそれほどでもない学生や、逆にゼミではおとなしくても素晴らしいリポートを書いてくる学生に頻繁にであう。コミュニケーションの巧みさと本人の能力は必ずしも一致しない。
もちろんコミュニケーション能力も人間の能力の一つではある。だから、それが評価基準の一つになることは当然あっていい。..③.. 、コミュニケーション能力をめぐる過当な競争は、人間関係にひずみをももたらすだろう。
引きこもりは、社会のなかで要求されるコミュニケーション能力があまりに高いため、一度他者とのコミュニケーションにつまずくと、なかなか新たなコミュニケーションに踏み出せなくなってしまうことから生まれる。引きこもりまでいかなくても、周りとのコミュニケーションのなかで自分がまともに相手にされなければ、誰だって心を閉ざしてしまい、内にこもりがちになるだろう。コミュニケーション能力をめぐる競争が激しい社会は、..④.. 人にとても冷淡だ。
また、いじめは子供たちのコミュニケーション能力の欠如から起きているのではなく、逆に、みんなが空気を読みすぎることで生じるストレスのはけ口を特定の人間に向けることで起きている。こうしたストレスや重圧は、子供に限った問題ではない。空気を壊してはならないとう圧力は、人々とコミュニケーション能力をさらに要求するだろう。しかしそれが進めば、社会のなかで同調圧力が強まり、社会そのものが萎縮..⑤.. 。
⑤に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A. してしまうのだろうか
B. してしまうだけである
C. してしまうものでもない
D. してしまうとも言えまい
Câu 46: 他の人の成功事例をマネすることが、必ずしも自分の成功を約束するものではなくなったのがいまの時代です。昨日までの成功は、今日の成功を意味しません。そのような時代に大切なのは、やはり創造力です。そして創造力とは新しいものをつくりだす力を意味している以上、失敗を避けて培えるものではありません。
創造力を身につける上でまず第一に必要なのは、決められた課題に解を出すことではなく、自分で課題を設定する能力です。
筆者によると、いまの時代に創造力を養うには何が必要か。
A. 失敗を経験しながら課題を見つけ出す力
B. 失敗を重ねながら課題をこなしていく力
C. 失敗を生かしながら課題を遂行するカ
D. 失敗を受け入れながら課題を解く力
Câu 47: 2010年11月10日
エービーシー株式会社
海外営業部長 田中春子 様
アサクラ株式会社
国際課長 西田良雄
拝啓
貴社はますますご盛栄のこととお喜び申し上げます。
先日お知らせいたしました通り、弊社は、事業拡大のため、来月1月に本社を現在の朝日ビル(北森区)から山中ビル(西川区)に移転いたします。それに先立ちまして、これまで東川区にございました国際課も、12月3日に山中ビル5階に移転することになりました。つきましては、以下の通り新住所および連絡先をお知らせいたします。
今後とも、なお一層のご愛顧のほどお願い申し上げます。
敬具
記
新住所:141-0023 東京都西川区大町1-5-10 山中ビ5階
新電話番号:03-7434-5656
新FAX番号:03-7434-5657
以上
この文章で最も伝えたいことは何か
A. アサクラ株式会社の国際課が1月に山中ビルに移転すること
B. アサクラ株式会社の国際課が12月に山中ビルに移転すること
C. アサクラ株式会社の本社と国際課が1月に山中ビルに移転すること
D. アサクラ株式会社の本社と国際課が12月に山中ビルに移転すること
Câu 48: 価値観や科学的常識は、誰にとってもいつの世でも、変わらぬものだと感じがちです。しかしそれは雲の形のように、ー見、静止しているように見えて、じつはゆっくりと変化しています。あまりにもゆっくり変化するため、多くの人が、曇は静止画のように変化しないものだと信じているのです。
誰もが、たまたま自分の成長期に見ていた雲こそが「正しい雲の形」だと思い込みます。こうしてそれぞれの世代の人の脳裏にある雲の姿は、お互いに少しずつズレてきて、すれ違いが起こるのです。
潷者は、すれ違いが起こる原因をどのように説明しているか。
A. 見る雲の形はどの世氏でも変わらないが、一人一人は違う雲の形を見ているため
B. 見る曇の形はどの世代でも同じだが、一人一人の記憶の中で雲の形が変わっていくため
C. 見る雲の形は世代によって違うが、一人一人は雲の形はいつも同じだと思っているため
D. 見る雲の形は世代によって異なるが、一人一人の好きな雲の形はそれ以上に違うため
Câu 49: データが示す姿は光の部分もあれば影の部分もある。そのどちらか一方だけを強調することは、分かりやすさという面はあるものの、いたずらに対立軸を先鋭化させたり、無用の混乱を生じさせる危険性がある。
これらをいちいち意識しているのは大変であるが、少なくともデータをやみくもに信じてしまう態度だけはとるべきでない。データの罠を見分ける力、すなわちデータリテラシーは、多くの人にとって必要なものではあるが、本来は、公平で客観的報道に努めるべきメディアに携わる人間が、しっかりと備えていなければならない必須の条件である。
筆者によると、報道に携わる人間が備えておくべき必須条件とは何か。
A. 示されたデータから影の部分を取り除く力
B. 示されたデータは偏ったものではないか見抜く力
C. 示されたデータをありのまま分かりやすく伝える力
D. 示されたデータから報道目的の合ったものを選び取る力
Câu 50: すでに地図の空白がなくなった現在、地理的な冒険や探検といった行為は、時間が経つにつれてどんどん、不可能になってきている。ジャーナリストの本多勝一氏は、冒険の条件として更「命の危険性」と「行為の主体性」の二つをあげているが、近代の冒険は、その後置が重要なのだ。それはつまり自己表現の問題とも密接に関わっていく。ここでいう表現とは、地図上に誰もたどったことがない軌跡を描くという意味である。これまでの人類の歩みを俯瞰して、その隙間を見つけ、自分なりの方法で空白を埋めていく行為と言い換えることもできる。わかりやすいところでは、登山におけるバリエーション・ルートや、8000メートル峰を無酸素で登ることや、厳冬期にどこそこを横断するとか、はじめて大陸の最高峰に全部登るとか、そういうことだ。未踏の地がなければ、点と点を結んで誰もおこなっていないことをすればいい。そうした点と点を結ぶのが厳しい土地、アクセスの難しい場所、思いもよらないルールを形成するなら、なおさらその注目度は増していく。冒険の世界には、海でも山でも空でも、そういう志向が必ずどこかに存在している。白紙のキャンバスに絵を描くためには表現力が必要なように、地理的な空白がなくなった時代を生きる現代の冒険家たちは、そこに特別な自分なりの題材を見つけなくてはいけない。だからこそは冒険者はアーティストでもあるといえる。
筆者は近代の冒険は、その後者が重要なのだと述べているが、それはどのような意味か。
A. 誰もが難関と感じる対象を探し、命をかけて挑戦することが重要だ。
B. 先駆者が偉業を成し遂げた場所に、新たな決意で挑戦することが重要だ。
C. 新たな冒険の対象を見いだし、独自の方法でそれに挑戦することが重要だ。
D. 誰も踏み入ったことのない場所に、独創的な方法で挑戦することが重要だ。
Câu 51: すでに地図の空白がなくなった現在、地理的な冒険や探検といった行為は、時間が経つにつれてどんどん、不可能になってきている。ジャーナリストの本多勝一氏は、冒険の条件として更「命の危険性」と「行為の主体性」の二つをあげているが、近代の冒険は、その後置が重要なのだ。それはつまり自己表現の問題とも密接に関わっていく。ここでいう表現とは、地図上に誰もたどったことがない軌跡を描くという意味である。これまでの人類の歩みを俯瞰して、その隙間を見つけ、自分なりの方法で空白を埋めていく行為と言い換えることもできる。わかりやすいところでは、登山におけるバリエーション・ルートや、8000メートル峰を無酸素で登ることや、厳冬期にどこそこを横断するとか、はじめて大陸の最高峰に全部登るとか、そういうことだ。未踏の地がなければ、点と点を結んで誰もおこなっていないことをすればいい。そうした点と点を結ぶのが厳しい土地、アクセスの難しい場所、思いもよらないルールを形成するなら、なおさらその注目度は増していく。冒険の世界には、海でも山でも空でも、そういう志向が必ずどこかに存在している。白紙のキャンバスに絵を描くためには表現力が必要なように、地理的な空白がなくなった時代を生きる現代の冒険家たちは、そこに特別な自分なりの題材を見つけなくてはいけない。だからこそは冒険者はアーティストでもあるといえる。
地理的な空白がなくなったとはどういうことか。
A. 誰も考えつかないような冒険のルートがなかなった。
B. 自分なりの方法で冒険できる場所がなくなった。
C. 冒険に値するルートがすべて行き尽くされた。
D. 誰も冒険したことがない場所がなくなった。
Câu 52: すでに地図の空白がなくなった現在、地理的な冒険や探検といった行為は、時間が経つにつれてどんどん、不可能になってきている。ジャーナリストの本多勝一氏は、冒険の条件として更「命の危険性」と「行為の主体性」の二つをあげているが、近代の冒険は、その後置が重要なのだ。それはつまり自己表現の問題とも密接に関わっていく。ここでいう表現とは、地図上に誰もたどったことがない軌跡を描くという意味である。これまでの人類の歩みを俯瞰して、その隙間を見つけ、自分なりの方法で空白を埋めていく行為と言い換えることもできる。わかりやすいところでは、登山におけるバリエーション・ルートや、8000メートル峰を無酸素で登ることや、厳冬期にどこそこを横断するとか、はじめて大陸の最高峰に全部登るとか、そういうことだ。未踏の地がなければ、点と点を結んで誰もおこなっていないことをすればいい。そうした点と点を結ぶのが厳しい土地、アクセスの難しい場所、思いもよらないルールを形成するなら、なおさらその注目度は増していく。冒険の世界には、海でも山でも空でも、そういう志向が必ずどこかに存在している。白紙のキャンバスに絵を描くためには表現力が必要なように、地理的な空白がなくなった時代を生きる現代の冒険家たちは、そこに特別な自分なりの題材を見つけなくてはいけない。だからこそは冒険者はアーティストでもあるといえる。
筆者が、冒険者はアーティストでもあると述べているのはなぜか。
A. 冒険者もアーティストのように創造性のある自己記表現が求められるから
B. 冒険者もアーティストのように表現力をつけることで注目度が増すから
C. 冒険者もアーティストのように自然と向き合って自己表現するから
D. 冒険者もアーティストのように主体的な表現が許されているから
Câu 53: 世界の食糧供給の頭打ち、かつての日本と同じように、経済成長のために農業を衰退させ、一方では食生活の向上を図るアジアの動きなど、私たちが暮らしている輸入大国の基盤は意外に脆い。
私たちは、このへんで食料の危機管理体制を考えておく必要があるのではないか。
危機管理とは、いったんことが起きた時に、生産から流通までをどうするか、前もって体制作りを考えておくことである。体制を制度にしておかないと、食糧確保のためのある程度強制力を持った政策を実施することなど不可能である。畑にはイモ類を優先的植えなければならない。個人的に嫌だという人もいても、国民が最小限の栄養をとるために協力してもらう必要がある。この点を制度化しておく方が良いのではないか、ということである。
平和な時には、この制度は眠らせておけばいい。いざという時に政府が発動するのである。普段は、政府はなるべく食料の生産や流通には介入すべきではない。それぞれの立場の人たちが、自由に活動できるような環境を整えておく役割だけでいい。しかし何かの時には食糧管理に責任を持つ仕組みに移行のである。多くの場合は、異常事態が過ぎ去るまでの一時的な措置になるだろう。
このへんで食料の危機管理体制を考えておく必要があるとあるが、なぜか。
A. 今すぐ食料を確保し国民一人一人の生活を守らなければならないから
B. アジアを中心としで食料の生産や流通に非常事態が起きているから
C. 食糧の確保が今後すます難しくなることが予想されるから
D. 食料輸出国の危機管理体制が確固としたものではないから
Câu 54: 世界の食糧供給の頭打ち、かつての日本と同じように、経済成長のために農業を衰退させ、一方では食生活の向上を図るアジアの動きなど、私たちが暮らしている輸入大国の基盤は意外に脆い。
私たちは、このへんで食料の危機管理体制を考えておく必要があるのではないか。
危機管理とは、いったんことが起きた時に、生産から流通までをどうするか、前もって体制作りを考えておくことである。体制を制度にしておかないと、食糧確保のためのある程度強制力を持った政策を実施することなど不可能である。畑にはイモ類を優先的植えなければならない。個人的に嫌だという人もいても、国民が最小限の栄養をとるために協力してもらう必要がある。この点を制度化しておく方が良いのではないか、ということである。
平和な時には、この制度は眠らせておけばいい。いざという時に政府が発動するのである。普段は、政府はなるべく食料の生産や流通には介入すべきではない。それぞれの立場の人たちが、自由に活動できるような環境を整えておく役割だけでいい。しかし何かの時には食糧管理に責任を持つ仕組みに移行のである。多くの場合は、異常事態が過ぎ去るまでの一時的な措置になるだろう。
体制を制度にしてとあるが、どうすることか。
A. 生産から流通までの体制を考える。
B. 国民が活動できるような体制を整える。
C. 政府主導で実施できるような仕組みを作る。
D. 生産や流通に国民が責任を持つ仕組みを作る。
Câu 55: 世界の食糧供給の頭打ち、かつての日本と同じように、経済成長のために農業を衰退させ、一方では食生活の向上を図るアジアの動きなど、私たちが暮らしている輸入大国の基盤は意外に脆い。
私たちは、このへんで食料の危機管理体制を考えておく必要があるのではないか。
危機管理とは、いったんことが起きた時に、生産から流通までをどうするか、前もって体制作りを考えておくことである。体制を制度にしておかないと、食糧確保のためのある程度強制力を持った政策を実施することなど不可能である。畑にはイモ類を優先的植えなければならない。個人的に嫌だという人もいても、国民が最小限の栄養をとるために協力してもらう必要がある。この点を制度化しておく方が良いのではないか、ということである。
平和な時には、この制度は眠らせておけばいい。いざという時に政府が発動するのである。普段は、政府はなるべく食料の生産や流通には介入すべきではない。それぞれの立場の人たちが、自由に活動できるような環境を整えておく役割だけでいい。しかし何かの時には食糧管理に責任を持つ仕組みに移行のである。多くの場合は、異常事態が過ぎ去るまでの一時的な措置になるだろう。
政府が検討すべき食糧の危機管理体制について、筆者の考えに合うものはどれか。
A. 必要が生じたときには、国民の同意を得て実施するべきだ。
B. 今すぐ実施した方が良いので、速やかに制度化するべきだ。
C. 平常時は実施する必要はないが、制度自体は早く整えるべきだ。
D. 平和な時にかぎらず、国民が自由に活動できる環境を整えるべき。
Câu 56: 日本の建築は寿命が短いが、子売れは木造自体の耐久性から決まるのではない。木造建築でも百年や二百年は持つ。千年以上持たせることも可能である。しかし、構造部材のメンテナンスが必要なので耐久性を考えると大材を用いたほうが良い。しかし、城郭や宮殿、館、寺院仏閣の類でないとなかなか大材を用いることができない。入手も難しいし加工にも手間暇がかかる。また、一般的に木造建築は火事や地震で失われることも少なくない。
日本人は白木の新しい建物を愛したが、時が経つと木の表面が黒ずんでくる。そこで、余裕がある者は、地震火災に遭った時は勿論、ある程度老朽化してくると建て直し、周囲はその建て主のことを「甲斐性がある」といって褒め称えた。しかし、建て直すと言っても、大まかにいえばもとと同じものが建つ。勿論少し大きくなったり小さくなったり間取りが変わったりするが見た目に大差がない。そこで、街並みや風景は長期にわたって維持される。しかも木材はリユース、リサイクルされた。
これは、日本独特更新の文化と呼んでも良い。この典型が伊勢神宮る。二十年ごと隣合うデ敷地に交互に建て直されるが、建てられるものは全く同じである。建物を更新するためには、木材が必要であり、樹木も植林によって更新される。若木のほうが二酸化炭素の吸収能力が優れているから、若木への更新は環境上も評価できる。同時に職人技術も更新される。更新は環境に優しく、人々に仕事を与え、ゆっくりとした変化をもたらす木の国の優れた文化である。
日本の建築は寿命が短いとあるが、なぜか。
A. 木材自体に耐久性がないため、メンテナンスが難しいから
B. 建築に適した木材の入手が難しく、修理もあまりしないから
C. 木造建築は老朽化が早いだけでなく、火事や地震にも弱いから
D. 丈夫な木材があまり使えないうえ、災害で失われることもも多いから
Câu 57: 日本の建築は寿命が短いが、子売れは木造自体の耐久性から決まるのではない。木造建築でも百年や二百年は持つ。千年以上持たせることも可能である。しかし、構造部材のメンテナンスが必要なので耐久性を考えると大材を用いたほうが良い。しかし、城郭や宮殿、館、寺院仏閣の類でないとなかなか大材を用いることができない。入手も難しいし加工にも手間暇がかかる。また、一般的に木造建築は火事や地震で失われることも少なくない。
日本人は白木の新しい建物を愛したが、時が経つと木の表面が黒ずんでくる。そこで、余裕がある者は、地震火災に遭った時は勿論、ある程度老朽化してくると建て直し、周囲はその建て主のことを「甲斐性がある」といって褒め称えた。しかし、建て直すと言っても、大まかにいえばもとと同じものが建つ。勿論少し大きくなったり小さくなったり間取りが変わったりするが見た目に大差がない。そこで、街並みや風景は長期にわたって維持される。しかも木材はリユース、リサイクルされた。
これは、日本独特更新の文化と呼んでも良い。この典型が伊勢神宮る。二十年ごと隣合うデ敷地に交互に建て直されるが、建てられるものは全く同じである。建物を更新するためには、木材が必要であり、樹木も植林によって更新される。若木のほうが二酸化炭素の吸収能力が優れているから、若木への更新は環境上も評価できる。同時に職人技術も更新される。更新は環境に優しく、人々に仕事を与え、ゆっくりとした変化をもたらす木の国の優れた文化である。
これは何を指すか。
A. 建物が老朽化してくる同じように建て直すことで、外観が保持されること
B. 建物が老朽化してくる外観を全く変えずに建て直すことで景観が維持されること
C. 建物が老朽化してくる、材料を再利用して同じ間取りに建て直すこと
D. 建物が老朽化してくる、景観の維持を優先して見た目を変えずに建てすこと
Câu 58: 日本の建築は寿命が短いが、子売れは木造自体の耐久性から決まるのではない。木造建築でも百年や二百年は持つ。千年以上持たせることも可能である。しかし、構造部材のメンテナンスが必要なので耐久性を考えると大材を用いたほうが良い。しかし、城郭や宮殿、館、寺院仏閣の類でないとなかなか大材を用いることができない。入手も難しいし加工にも手間暇がかかる。また、一般的に木造建築は火事や地震で失われることも少なくない。
日本人は白木の新しい建物を愛したが、時が経つと木の表面が黒ずんでくる。そこで、余裕がある者は、地震火災に遭った時は勿論、ある程度老朽化してくると建て直し、周囲はその建て主のことを「甲斐性がある」といって褒め称えた。しかし、建て直すと言っても、大まかにいえばもとと同じものが建つ。勿論少し大きくなったり小さくなったり間取りが変わったりするが見た目に大差がない。そこで、街並みや風景は長期にわたって維持される。しかも木材はリユース、リサイクルされた。
これは、日本独特更新の文化と呼んでも良い。この典型が伊勢神宮る。二十年ごと隣合うデ敷地に交互に建て直されるが、建てられるものは全く同じである。建物を更新するためには、木材が必要であり、樹木も植林によって更新される。若木のほうが二酸化炭素の吸収能力が優れているから、若木への更新は環境上も評価できる。同時に職人技術も更新される。更新は環境に優しく、人々に仕事を与え、ゆっくりとした変化をもたらす木の国の優れた文化である。
筆者は、木造建築が更新されることにはどのような利点があると考えているか。
A. 質の良い木材の入手がようう容易になるだけでなく、職人の技術が向けする。
B. 樹木の生育に合った条件が整う上、美しい街並みも守られる。
C. 植林が進むので環境によい上、職人の技術も受け継がれる。
D. 木材の供給が安定するだけでなく、美しい風景が守られる。
Câu 59: 心は目に見えない。だから客観的に知ることはできない。ならば、心とか意識なんて面倒なことを考えるよりも、目で見える、定規で測れるものだけを考えることにしよう。そう考える人がいても不思議ではない。
行動主義心理学と呼ばれるこの流派では、サルやネズミなどにレバー押しなどの行動を訓練し、その行動から動物の心を探っていく。しかし動物に「まずはレバーを押してみてください」と頼むわけにはいかない。例えば、初めて実験室につれてこられたサルは、そもそもレバーにさえ気づかないからだ。
では、サルにどうやってレバーを押させるのか?ポイントは二つ。ひたすら待つ。そして少しずつ目標に近づける。
例えば、サルが少しでもチラッとレバーを見たとする。そこですかさずエサを与える。これを何度か繰り返すと、サルの注意が次第にレバーに向いてくる。ここでいったんエサやりを止める。するとサルは、うろつきまわったりキョロキョロしたり、色々なことを試し始める。ここが我慢のしどころ。試行錯誤の中、サルの手がレバーに伸びるのをじっと待つ。そして手が少しでも伸びれば、すかさずエサを与える。
こうして、適切なタイミングでエサをやりながらがふら、少しずつ目標の行動に近づけていくのである。
私はこのやり方を、大学院生の頃、助手の先生に教わった。それは教科書に書いてあるとおりのことだったが。実際にやってみると、それは衝撃の体験だった。
エサやりのボタンを右手に持ち、白黒のモニターごしに、サルの行動をじっと見つめる。私はエサに念じていた。「振り向け、レバーに振り向け」。伝わらない思いを伝えたい。ふいにサルがレバーに近づく。と、すかさず「エサやり」というメッセージを送る。それは紛れもなくコミュニケーションであった。
この訓練をずっとやっていると、徐々にサルの気持ちがつかめてくる。そして、気持ちがつかめてくると、訓練は格段に早く進む。行動だけを見よといいながら、その実、うまく訓練するにはサルの心がつかめていなければならないのだ。心は行動からしかつかめない。しかしそれがつかめたとき、手の中にサルの心があるように思えてくる。そのとき私は、学問の本当に大事なことは、教科書には書いていないことを知ったのだった。
サルにレバー申しをさせる目的は何か。
A. サルを訓練して、人間の意図を読み取れるようにすること
B. サルを訓練して、動物だけが持つ見えない能力を開発すること
C. サルの行動を通して、動物に対する人間の心の動きを探ること
D. サルの行動を通して、目に見えない動物の心や意識を研究する
Câu 60: 心は目に見えない。だから客観的に知ることはできない。ならば、心とか意識なんて面倒なことを考えるよりも、目で見える、定規で測れるものだけを考えることにしよう。そう考える人がいても不思議ではない。
行動主義心理学と呼ばれるこの流派では、サルやネズミなどにレバー押しなどの行動を訓練し、その行動から動物の心を探っていく。しかし動物に「まずはレバーを押してみてください」と頼むわけにはいかない。例えば、初めて実験室につれてこられたサルは、そもそもレバーにさえ気づかないからだ。
では、サルにどうやってレバーを押させるのか?ポイントは二つ。ひたすら待つ。そして少しずつ目標に近づける。
例えば、サルが少しでもチラッとレバーを見たとする。そこですかさずエサを与える。これを何度か繰り返すと、サルの注意が次第にレバーに向いてくる。ここでいったんエサやりを止める。するとサルは、うろつきまわったりキョロキョロしたり、色々なことを試し始める。ここが我慢のしどころ。試行錯誤の中、サルの手がレバーに伸びるのをじっと待つ。そして手が少しでも伸びれば、すかさずエサを与える。
こうして、適切なタイミングでエサをやりながらがふら、少しずつ目標の行動に近づけていくのである。
私はこのやり方を、大学院生の頃、助手の先生に教わった。それは教科書に書いてあるとおりのことだったが。実際にやってみると、それは衝撃の体験だった。
エサやりのボタンを右手に持ち、白黒のモニターごしに、サルの行動をじっと見つめる。私はエサに念じていた。「振り向け、レバーに振り向け」。伝わらない思いを伝えたい。ふいにサルがレバーに近づく。と、すかさず「エサやり」というメッセージを送る。それは紛れもなくコミュニケーションであった。
この訓練をずっとやっていると、徐々にサルの気持ちがつかめてくる。そして、気持ちがつかめてくると、訓練は格段に早く進む。行動だけを見よといいながら、その実、うまく訓練するにはサルの心がつかめていなければならないのだ。心は行動からしかつかめない。しかしそれがつかめたとき、手の中にサルの心があるように思えてくる。そのとき私は、学問の本当に大事なことは、教科書には書いていないことを知ったのだった。
この実験室の訓練で、人間はサルに対してどのように対応しているか。
A. サルをレバーの近くに連れて行き、目標の行動をしたらすぐにエサをやる。
B. サルがレバーを押したらエサを指し示し、目標の行動をするまでじっと待つ。
C. サルにレバーを指し示し、人間が期待する次の行動をしたらすぐにエサをやる。
D. サルがレバーを見たらエサをやり、人間が期待する次の行動をするまでじっと待つ。
Câu 61: 心は目に見えない。だから客観的に知ることはできない。ならば、心とか意識なんて面倒なことを考えるよりも、目で見える、定規で測れるものだけを考えることにしよう。そう考える人がいても不思議ではない。
行動主義心理学と呼ばれるこの流派では、サルやネズミなどにレバー押しなどの行動を訓練し、その行動から動物の心を探っていく。しかし動物に「まずはレバーを押してみてください」と頼むわけにはいかない。例えば、初めて実験室につれてこられたサルは、そもそもレバーにさえ気づかないからだ。
では、サルにどうやってレバーを押させるのか?ポイントは二つ。ひたすら待つ。そして少しずつ目標に近づける。
例えば、サルが少しでもチラッとレバーを見たとする。そこですかさずエサを与える。これを何度か繰り返すと、サルの注意が次第にレバーに向いてくる。ここでいったんエサやりを止める。するとサルは、うろつきまわったりキョロキョロしたり、色々なことを試し始める。ここが我慢のしどころ。試行錯誤の中、サルの手がレバーに伸びるのをじっと待つ。そして手が少しでも伸びれば、すかさずエサを与える。
こうして、適切なタイミングでエサをやりながらがふら、少しずつ目標の行動に近づけていくのである。
私はこのやり方を、大学院生の頃、助手の先生に教わった。それは教科書に書いてあるとおりのことだったが。実際にやってみると、それは衝撃の体験だった。
エサやりのボタンを右手に持ち、白黒のモニターごしに、サルの行動をじっと見つめる。私はエサに念じていた。「振り向け、レバーに振り向け」。伝わらない思いを伝えたい。ふいにサルがレバーに近づく。と、すかさず「エサやり」というメッセージを送る。それは紛れもなくコミュニケーションであった。
この訓練をずっとやっていると、徐々にサルの気持ちがつかめてくる。そして、気持ちがつかめてくると、訓練は格段に早く進む。行動だけを見よといいながら、その実、うまく訓練するにはサルの心がつかめていなければならないのだ。心は行動からしかつかめない。しかしそれがつかめたとき、手の中にサルの心があるように思えてくる。そのとき私は、学問の本当に大事なことは、教科書には書いていないことを知ったのだった。
そのときとは、どんなときか。
A. 「エサやり」というメッセージを繰り返し送ることで人間とサルの行動の違いがわかったとき
B. 「エサやり」というメッセージを送る過程を通して、サルの心がつかめたと感じたとき
C. レバー押しの訓練が進むにつれて、サルが筆者の心をわかってくれたと感じたとき
D. レバー押しの訓練によって教科書には書かれていないサルの行動が解明されたとき
Câu 62: 心は目に見えない。だから客観的に知ることはできない。ならば、心とか意識なんて面倒なことを考えるよりも、目で見える、定規で測れるものだけを考えることにしよう。そう考える人がいても不思議ではない。
行動主義心理学と呼ばれるこの流派では、サルやネズミなどにレバー押しなどの行動を訓練し、その行動から動物の心を探っていく。しかし動物に「まずはレバーを押してみてください」と頼むわけにはいかない。例えば、初めて実験室につれてこられたサルは、そもそもレバーにさえ気づかないからだ。
では、サルにどうやってレバーを押させるのか?ポイントは二つ。ひたすら待つ。そして少しずつ目標に近づける。
例えば、サルが少しでもチラッとレバーを見たとする。そこですかさずエサを与える。これを何度か繰り返すと、サルの注意が次第にレバーに向いてくる。ここでいったんエサやりを止める。するとサルは、うろつきまわったりキョロキョロしたり、色々なことを試し始める。ここが我慢のしどころ。試行錯誤の中、サルの手がレバーに伸びるのをじっと待つ。そして手が少しでも伸びれば、すかさずエサを与える。
こうして、適切なタイミングでエサをやりながらがふら、少しずつ目標の行動に近づけていくのである。
私はこのやり方を、大学院生の頃、助手の先生に教わった。それは教科書に書いてあるとおりのことだったが。実際にやってみると、それは衝撃の体験だった。
エサやりのボタンを右手に持ち、白黒のモニターごしに、サルの行動をじっと見つめる。私はエサに念じていた。「振り向け、レバーに振り向け」。伝わらない思いを伝えたい。ふいにサルがレバーに近づく。と、すかさず「エサやり」というメッセージを送る。それは紛れもなくコミュニケーションであった。
この訓練をずっとやっていると、徐々にサルの気持ちがつかめてくる。そして、気持ちがつかめてくると、訓練は格段に早く進む。行動だけを見よといいながら、その実、うまく訓練するにはサルの心がつかめていなければならないのだ。心は行動からしかつかめない。しかしそれがつかめたとき、手の中にサルの心があるように思えてくる。そのとき私は、学問の本当に大事なことは、教科書には書いていないことを知ったのだった。
筆者がこの訓練をしてわかったことは何か。
A. 動物を目標に近づける訓練では、「エサやり」を通して動物が人間に慣れることが大切だ。
B. 動物を訓練するためには気持ちをつかむことが重要であり、それは自分で体験して初めてわかる。
C. 動物の心理を探るためには、まず教科書に書いてあるとおりのことを実践することが大事だ。
D. 動物の心をつかむには目に見える行動だけに注目することが大切だが、そのことは教科書に書いていない。
Câu 63: 例えば、3年間ずっとノーミスでやってきた論田くんが、はじめてミスを出した。
3年前からずっとその仕事ぶりを観てきた上司と、異動していきなり論田くんのミスに出くわした上司と、論田くんへの印象は同じだろうか?
両者のミスの「情報占有率」がちがう。つまり、3年間のつきあいの中で、ミスが占める割合と、たった1回初めて論田くんと接した中で、ミスが占める割合と。
相手は、あなたが過去からずっと積み上げてきたすべての情報で、あなたを判断するのではない。結局は、そのとき相手が持っている情報だけで判断される。その中で、いい情報の占める割合が多ければ「いい人だ」となる。
あなたが「優しい人」で10年間怒ったことがなかったとしても、10年ぶりに怒ったとき、たまたま出くわした初対面の相手にとっては、それが100%だ。あなたを「恐い人」だと思う。
自分にふさわしい「メディアカ」を相手の中に刻むために、ちょっと「情報占有率」を意識してみるといい。
コミュニケーションでは、出会いからはじまって、相手から見たあなたの「メディアカ」が決まるまでの間が肝心だ。つまり、初めの方が慎重さがいる。ここで、かっこつけるのでもなく、でも、あなた以下にもならず、等身大のあなたの良さが伝わるのが理想だ。
いつも質の高い仕事をしているなら、はじめての仕事先に対し、決していつもの質を落としてはいけない。ふだん静かな人なら、初対面の相手にも、奇をてらったりせず、普段どおり静かにしていればいい。自分にうそのないふるまいをする、ということは、初対面の相手にこそ大切だ。
さて、ここで問題なのは、ふだんとても穏やかなあなたが、その日はたまたま嫌なことが重なり、攻撃的になっているという場合だ。自分にうそのないということで、相手にきついことを言ってしまったらどうだろう。あなたにとっては、年に1回の、「たまたま不機嫌な日」でも、相手にとっては、あなたに関する情報の100%になる。
初対面の相手、まだ付き合いの浅い相手には、すこし慎重になって考えてほしい。
何が、自分にうそのないふるまいか?自分の正直な姿を伝えるとはどういうことか?
日ごろ99%穏やかなあなたなら、1%の異常よりも、いつも穩やかさを伝えるほうが、結局は、正直な姿を伝えている。相手の中に、あなたの現像に近い「メディアカ」が形成されるからだ。初対面の相手にこそ、平常心であること、普段どおりにやることが大切だ。
筆者によれば、上司にとって論田くんのミスの[情報占有率」が上がるのはどのような場合か。
A. 付き合いの長い上司との関係の中で、論田くんがミスを1回した場合
B. 付き合いの長い上司との関係の中で、論田くんがミスを3回した場合
C. 付き合いの短い上司との関係の中で、論田くんがミスを1回した場合
D. 付き合いの短い上司との関係の中で、論田くんがミスを3回した場合
Câu 64: 例えば、3年間ずっとノーミスでやってきた論田くんが、はじめてミスを出した。
3年前からずっとその仕事ぶりを観てきた上司と、異動していきなり論田くんのミスに出くわした上司と、論田くんへの印象は同じだろうか?
両者のミスの「情報占有率」がちがう。つまり、3年間のつきあいの中で、ミスが占める割合と、たった1回初めて論田くんと接した中で、ミスが占める割合と。
相手は、あなたが過去からずっと積み上げてきたすべての情報で、あなたを判断するのではない。結局は、そのとき相手が持っている情報だけで判断される。その中で、いい情報の占める割合が多ければ「いい人だ」となる。
あなたが「優しい人」で10年間怒ったことがなかったとしても、10年ぶりに怒ったとき、たまたま出くわした初対面の相手にとっては、それが100%だ。あなたを「恐い人」だと思う。
自分にふさわしい「メディアカ」を相手の中に刻むために、ちょっと「情報占有率」を意識してみるといい。
コミュニケーションでは、出会いからはじまって、相手から見たあなたの「メディアカ」が決まるまでの間が肝心だ。つまり、初めの方が慎重さがいる。ここで、かっこつけるのでもなく、でも、あなた以下にもならず、等身大のあなたの良さが伝わるのが理想だ。
いつも質の高い仕事をしているなら、はじめての仕事先に対し、決していつもの質を落としてはいけない。ふだん静かな人なら、初対面の相手にも、奇をてらったりせず、普段どおり静かにしていればいい。自分にうそのないふるまいをする、ということは、初対面の相手にこそ大切だ。
さて、ここで問題なのは、ふだんとても穏やかなあなたが、その日はたまたま嫌なことが重なり、攻撃的になっているという場合だ。自分にうそのないということで、相手にきついことを言ってしまったらどうだろう。あなたにとっては、年に1回の、「たまたま不機嫌な日」でも、相手にとっては、あなたに関する情報の100%になる。
初対面の相手、まだ付き合いの浅い相手には、すこし慎重になって考えてほしい。
何が、自分にうそのないふるまいか?自分の正直な姿を伝えるとはどういうことか?
日ごろ99%穏やかなあなたなら、1%の異常よりも、いつも穩やかさを伝えるほうが、結局は、正直な姿を伝えている。相手の中に、あなたの現像に近い「メディアカ」が形成されるからだ。初対面の相手にこそ、平常心であること、普段どおりにやることが大切だ。
自分にうそのないふるまいとはどのようなものか。
A. その時々のすなおな気持ちを表すこと
B. いつも正直に自分の考えを伝えること
C. いつもどおりの姿を見せること
D. うそをつかず正直に話すこと
Câu 65: 例えば、3年間ずっとノーミスでやってきた論田くんが、はじめてミスを出した。
3年前からずっとその仕事ぶりを観てきた上司と、異動していきなり論田くんのミスに出くわした上司と、論田くんへの印象は同じだろうか?
両者のミスの「情報占有率」がちがう。つまり、3年間のつきあいの中で、ミスが占める割合と、たった1回初めて論田くんと接した中で、ミスが占める割合と。
相手は、あなたが過去からずっと積み上げてきたすべての情報で、あなたを判断するのではない。結局は、そのとき相手が持っている情報だけで判断される。その中で、いい情報の占める割合が多ければ「いい人だ」となる。
あなたが「優しい人」で10年間怒ったことがなかったとしても、10年ぶりに怒ったとき、たまたま出くわした初対面の相手にとっては、それが100%だ。あなたを「恐い人」だと思う。
自分にふさわしい「メディアカ」を相手の中に刻むために、ちょっと「情報占有率」を意識してみるといい。
コミュニケーションでは、出会いからはじまって、相手から見たあなたの「メディアカ」が決まるまでの間が肝心だ。つまり、初めの方が慎重さがいる。ここで、かっこつけるのでもなく、でも、あなた以下にもならず、等身大のあなたの良さが伝わるのが理想だ。
いつも質の高い仕事をしているなら、はじめての仕事先に対し、決していつもの質を落としてはいけない。ふだん静かな人なら、初対面の相手にも、奇をてらったりせず、普段どおり静かにしていればいい。自分にうそのないふるまいをする、ということは、初対面の相手にこそ大切だ。
さて、ここで問題なのは、ふだんとても穏やかなあなたが、その日はたまたま嫌なことが重なり、攻撃的になっているという場合だ。自分にうそのないということで、相手にきついことを言ってしまったらどうだろう。あなたにとっては、年に1回の、「たまたま不機嫌な日」でも、相手にとっては、あなたに関する情報の100%になる。
初対面の相手、まだ付き合いの浅い相手には、すこし慎重になって考えてほしい。
何が、自分にうそのないふるまいか?自分の正直な姿を伝えるとはどういうことか?
日ごろ99%穏やかなあなたなら、1%の異常よりも、いつも穩やかさを伝えるほうが、結局は、正直な姿を伝えている。相手の中に、あなたの現像に近い「メディアカ」が形成されるからだ。初対面の相手にこそ、平常心であること、普段どおりにやることが大切だ。
自分にうそのないふるまいとはどのようなものか。
A. その時々のすなおな気持ちを表すこと
B. いつも正直に自分の考えを伝えること
C. いつもどおりの姿を見せること
D. うそをつかず正直に話すこと
Câu 66: 例えば、3年間ずっとノーミスでやってきた論田くんが、はじめてミスを出した。
3年前からずっとその仕事ぶりを観てきた上司と、異動していきなり論田くんのミスに出くわした上司と、論田くんへの印象は同じだろうか?
両者のミスの「情報占有率」がちがう。つまり、3年間のつきあいの中で、ミスが占める割合と、たった1回初めて論田くんと接した中で、ミスが占める割合と。
相手は、あなたが過去からずっと積み上げてきたすべての情報で、あなたを判断するのではない。結局は、そのとき相手が持っている情報だけで判断される。その中で、いい情報の占める割合が多ければ「いい人だ」となる。
あなたが「優しい人」で10年間怒ったことがなかったとしても、10年ぶりに怒ったとき、たまたま出くわした初対面の相手にとっては、それが100%だ。あなたを「恐い人」だと思う。
自分にふさわしい「メディアカ」を相手の中に刻むために、ちょっと「情報占有率」を意識してみるといい。
コミュニケーションでは、出会いからはじまって、相手から見たあなたの「メディアカ」が決まるまでの間が肝心だ。つまり、初めの方が慎重さがいる。ここで、かっこつけるのでもなく、でも、あなた以下にもならず、等身大のあなたの良さが伝わるのが理想だ。
いつも質の高い仕事をしているなら、はじめての仕事先に対し、決していつもの質を落としてはいけない。ふだん静かな人なら、初対面の相手にも、奇をてらったりせず、普段どおり静かにしていればいい。自分にうそのないふるまいをする、ということは、初対面の相手にこそ大切だ。
さて、ここで問題なのは、ふだんとても穏やかなあなたが、その日はたまたま嫌なことが重なり、攻撃的になっているという場合だ。自分にうそのないということで、相手にきついことを言ってしまったらどうだろう。あなたにとっては、年に1回の、「たまたま不機嫌な日」でも、相手にとっては、あなたに関する情報の100%になる。
初対面の相手、まだ付き合いの浅い相手には、すこし慎重になって考えてほしい。
何が、自分にうそのないふるまいか?自分の正直な姿を伝えるとはどういうことか?
日ごろ99%穏やかなあなたなら、1%の異常よりも、いつも穩やかさを伝えるほうが、結局は、正直な姿を伝えている。相手の中に、あなたの現像に近い「メディアカ」が形成されるからだ。初対面の相手にこそ、平常心であること、普段どおりにやることが大切だ。
筆者は、なぜ初対面の相手に慎重になったほうがいいと述べているのか。
A. 普段どおりの態度では、相手に自分の良さを十分に伝えられないから
B. 自分に関する一部の情報で相手がすべてを判断するかもしれないから
C. 相手の性格が自分と合うかどうかがまだよくわかっていないから
D. 初対面の相手には慎重な姿が実像だと思わせる必要があるから
Câu 67: 例えば、3年間ずっとノーミスでやってきた論田くんが、はじめてミスを出した。
3年前からずっとその仕事ぶりを観てきた上司と、異動していきなり論田くんのミスに出くわした上司と、論田くんへの印象は同じだろうか?
両者のミスの「情報占有率」がちがう。つまり、3年間のつきあいの中で、ミスが占める割合と、たった1回初めて論田くんと接した中で、ミスが占める割合と。
相手は、あなたが過去からずっと積み上げてきたすべての情報で、あなたを判断するのではない。結局は、そのとき相手が持っている情報だけで判断される。その中で、いい情報の占める割合が多ければ「いい人だ」となる。
あなたが「優しい人」で10年間怒ったことがなかったとしても、10年ぶりに怒ったとき、たまたま出くわした初対面の相手にとっては、それが100%だ。あなたを「恐い人」だと思う。
自分にふさわしい「メディアカ」を相手の中に刻むために、ちょっと「情報占有率」を意識してみるといい。
コミュニケーションでは、出会いからはじまって、相手から見たあなたの「メディアカ」が決まるまでの間が肝心だ。つまり、初めの方が慎重さがいる。ここで、かっこつけるのでもなく、でも、あなた以下にもならず、等身大のあなたの良さが伝わるのが理想だ。
いつも質の高い仕事をしているなら、はじめての仕事先に対し、決していつもの質を落としてはいけない。ふだん静かな人なら、初対面の相手にも、奇をてらったりせず、普段どおり静かにしていればいい。自分にうそのないふるまいをする、ということは、初対面の相手にこそ大切だ。
さて、ここで問題なのは、ふだんとても穏やかなあなたが、その日はたまたま嫌なことが重なり、攻撃的になっているという場合だ。自分にうそのないということで、相手にきついことを言ってしまったらどうだろう。あなたにとっては、年に1回の、「たまたま不機嫌な日」でも、相手にとっては、あなたに関する情報の100%になる。
初対面の相手、まだ付き合いの浅い相手には、すこし慎重になって考えてほしい。
何が、自分にうそのないふるまいか?自分の正直な姿を伝えるとはどういうことか?
日ごろ99%穏やかなあなたなら、1%の異常よりも、いつも穩やかさを伝えるほうが、結局は、正直な姿を伝えている。相手の中に、あなたの現像に近い「メディアカ」が形成されるからだ。初対面の相手にこそ、平常心であること、普段どおりにやることが大切だ。
自分に「メディアカ」について、筆者はどのようにするのがよいと述べているか。
A. 相手に自分の「メディア力」が正確に伝わるように意識する。
B. 相手に普段の自分以上の「メディア力」を伝えるようにする。
C. 相手に刻まれた自分の「メディア力」を気にせず平常心でいる。
D. 相手に見せる自分の「メディア力」を下げないように静かにしている。
Câu 68: A:
テレビや新聞などで年々深刻化するゴミ問遁が取上げられている。例えば一般的な家庭ごみとして、生ゴミのほかにも食品容器などの過剰包装による廃棄物が多く見られるという報告がある。最近では指定されたゴミ袋を買ってゴミを捨てたり、客に買い物袋の持参を促したりする動きがあるが、ゴミの量に変化は見られない。
もし、自治体が家庭ごみ一個の収集につきoo円と有料化すればゴミは減るかもしれない。ゴミ自体の廃棄にもお金がかかるようになれば、誰もがゴミを出す前に考えるようになるだろう。そうなれば消費者は不必要な包装を断り、使用可能な物まで捨ててしまうことも減少するのではないだろうか。
B:
現代社会は数十年前と北較にならないほど便利な生活が可能になった。しかし、不要になった物を再利用することよりも便利さを優先してきた結果、家庭ごみは増え続ける一方だ。
家庭ごみを減量するとめ、現在、ゴミ袋を有料化し消費者が処理費用の一部を負担することになっている。しかし、それだけでは不十分であり、所定の場所でのごみの収集にかかる費用を消費者に負担させようという意見も出ているが、そうなればごみを所定以外の所に隠れて捨てるおそれも出てくる。このような問題を解決せずに安易にこれを実行に移すのには賛成しかねる。
物が生産され、消費者が購入し、不要なものは廃棄されゴミになるという循環を考えると、新しい製品を次々と作りだす生産者も、それに慣れ切ってしまった消費者も便利さに対する意識を変える必要があるのではないか。
AとBが共通して問題だと指摘していることは何か。
A. 家庭ごみが所定の場所以外に捨てられること
B. ゴミ処理の費用を消費者が負担すること
C. ゴミ問題への生産者側の意識が薄いこと
D. 家庭で出されるゴミが減らないこと
Câu 69: A:
テレビや新聞などで年々深刻化するゴミ問遁が取上げられている。例えば一般的な家庭ごみとして、生ゴミのほかにも食品容器などの過剰包装による廃棄物が多く見られるという報告がある。最近では指定されたゴミ袋を買ってゴミを捨てたり、客に買い物袋の持参を促したりする動きがあるが、ゴミの量に変化は見られない。
もし、自治体が家庭ごみ一個の収集につきoo円と有料化すればゴミは減るかもしれない。ゴミ自体の廃棄にもお金がかかるようになれば、誰もがゴミを出す前に考えるようになるだろう。そうなれば消費者は不必要な包装を断り、使用可能な物まで捨ててしまうことも減少するのではないだろうか。
B:
現代社会は数十年前と北較にならないほど便利な生活が可能になった。しかし、不要になった物を再利用することよりも便利さを優先してきた結果、家庭ごみは増え続ける一方だ。
家庭ごみを減量するとめ、現在、ゴミ袋を有料化し消費者が処理費用の一部を負担することになっている。しかし、それだけでは不十分であり、所定の場所でのごみの収集にかかる費用を消費者に負担させようという意見も出ているが、そうなればごみを所定以外の所に隠れて捨てるおそれも出てくる。このような問題を解決せずに安易にこれを実行に移すのには賛成しかねる。
物が生産され、消費者が購入し、不要なものは廃棄されゴミになるという循環を考えると、新しい製品を次々と作りだす生産者も、それに慣れ切ってしまった消費者も便利さに対する意識を変える必要があるのではないか。
家庭ごみ収集の有料化についてAとBはどのように述べているか。
A. AとBも、ゴミ処理費用を消費者が負担することになるので、ゴミ減少に貢献するだろうと述べている。
B. AもBも、有料化しても家庭ごみは減らないばかりか、ゴミ捨ての規則を守らない人が出てくるだろうと述ている。
C. Aでは有料化すればゴミに対する考え方が変わるだろうと述べ、Bでは有料化する前に意識改革が必要だと述べている。
D. Aでは有料化すれば資源の無駄遣いが少なくなるだろうと述べ、Bでは有料化すれば便利さに対する意識が変わると述べている。
Câu 70: A:
テレビや新聞などで年々深刻化するゴミ問遁が取上げられている。例えば一般的な家庭ごみとして、生ゴミのほかにも食品容器などの過剰包装による廃棄物が多く見られるという報告がある。最近では指定されたゴミ袋を買ってゴミを捨てたり、客に買い物袋の持参を促したりする動きがあるが、ゴミの量に変化は見られない。
もし、自治体が家庭ごみ一個の収集につきoo円と有料化すればゴミは減るかもしれない。ゴミ自体の廃棄にもお金がかかるようになれば、誰もがゴミを出す前に考えるようになるだろう。そうなれば消費者は不必要な包装を断り、使用可能な物まで捨ててしまうことも減少するのではないだろうか。
B:
現代社会は数十年前と北較にならないほど便利な生活が可能になった。しかし、不要になった物を再利用することよりも便利さを優先してきた結果、家庭ごみは増え続ける一方だ。
家庭ごみを減量するとめ、現在、ゴミ袋を有料化し消費者が処理費用の一部を負担することになっている。しかし、それだけでは不十分であり、所定の場所でのごみの収集にかかる費用を消費者に負担させようという意見も出ているが、そうなればごみを所定以外の所に隠れて捨てるおそれも出てくる。このような問題を解決せずに安易にこれを実行に移すのには賛成しかねる。
物が生産され、消費者が購入し、不要なものは廃棄されゴミになるという循環を考えると、新しい製品を次々と作りだす生産者も、それに慣れ切ってしまった消費者も便利さに対する意識を変える必要があるのではないか。
ゴミ問題についてAとBはどのように考えているか。
A. AもBも生産者と消費者の双方が協力すれば改善できると考えている。
B. AもBも、自治体の協力を得て消費者地震が対応すべき問題だと考えている。
C. Aでは消費者が対応すべきだと考えているのに対し、Bでは主に生産者が取り組むべきだと考えている。
D. Aは自治体が対応すればいいと考えているのに対し、Bは生産者や消費者の意識も大切だと考えている。
Câu 71:
A. ソムシリーさん
B. ワンさん
C. アフマドさん
D. ジョンさん
Câu 72: 
2.キムさんは、2010年4月現在、日本の大学院の修士課程2年生で農学を専攻している。2011年度は博士課程に進学予定である。キムさんが、この奨学金に応募する場合、応募時に必ずしなければならないのは、次のどれか。
A. ホームページから研究計画書の様式をダウンロードする。
B. 博士課程進学が決定していることを証明する書類をもらう。
C. 出身大学の指導教授の推薦書を取り寄せる。
D. 応募書類を大学院の事務所に提出する。